- 日蓮ってver.53
989 :名無しさん@お腹いっぱい。[sage]:2020/05/23(土) 02:03:41.64 ID:rf5bMlr/ - >>983
激励ありがとうございますm(_ _)m >>985 開目抄に云く 「一念三千の法門は但法華経の本門・寿量品の文の底にしづめたり」 寿量品の文のどこかというと、日寛上人は「我本行菩薩道」であると仰せです また「我本行菩薩道」が本因妙で、「我実成仏已来」は本果妙にあたると >文底から読めば久遠実成の釈尊も三世十方の諸仏もみんな >三大秘法の南無妙法蓮華経を修行して成仏した仏であったと 本尊問答抄に云く 「此の大乗経典は諸仏の宝蔵なり、十方三世の諸仏の眼目なり、三世の諸の如来を出生する種なり」 「法華経は釈尊の父母・諸仏の眼目なり釈迦・大日総じて十方の諸仏は法華経より出生し給へり故に今能生を以て本尊とするなり」 三大秘法または題目行としての南無妙法蓮華経であったといえるかどうかはわかりませんが、 根源の一法としての南無妙法蓮華経が諸仏の成仏の本源力となった、ということと思われます。
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994 :名無しさん@お腹いっぱい。[sage]:2020/05/23(土) 22:54:39.73 ID:rf5bMlr/ - >>989
補足です 我実成仏已来は、日寛上人以前に智が論及しているようです >>990 ただのくずし字でしょう 御本尊の髭文字もそうですが御書の文字もこんな感じですよ 経には文義意があり大事なのは仏意、表現は多様でいいのです >私度僧と乞食はイーブン、五十歩百歩の身分階層 釈尊云く、人は身分によって尊いのではない と >>991 >繰り返すが、何の根拠もない自分のところでしか通用しない狂信妄想を押し付けないでくれる 反論されるのが嫌なら、わざわざ創価板に来て毒づかなければいいのでは?
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995 :名無しさん@お腹いっぱい。[sage]:2020/05/23(土) 22:56:43.80 ID:rf5bMlr/ - >>963 >>992
>全く意味不明です。 >当方の学力が不足というよりも君は、解らせたくないらしい。 禅は推奨してないです。 繰り返し説かれる五種妙行(受持、読、誦、解説、書写)にも禅は入ってない。 禅はどちらかというと独覚の悟りを得るための自利の行でしょう。 対して法華経は一仏乗を示し、それを菩薩が弘めるという大乗の最高峰の教え。 縁覚の教えを奨めるのは逆戻りです。 法華経では一切衆生の成仏の可能性が示され、仏の大願たる妙法流布という大きなテーマがあるのです。 したがって、これ以前の教えは未顕真実といって退け、法華経において大きな転換が図られるのです。 >瞑想によってさとりに到達すると書いてあるとおり。 >そもそも釈尊は老人や病気の人々の苦しむ姿を見て深く心を痛め、 >王子の地位を捨て、永年の苦行の後、禅によって悟りを開いたのだ。 これを始成正覚の悟りといい、実はこれが方便であると 法華経の本門「妙法蓮華経如来寿量品第十六」の冒頭で打ち破り、 如来の秘密である過去の因果が明かされます。すなわち、 「人々は私が王宮を出家し、苦行の果てに菩提樹の下で瞑想し、悟りを得たと思っているけれども 実はそうではなく、私は久遠の遥か過去に成仏して已来、無量無辺の時を経ている」と。 これを久遠実成といい、久遠の本地および三世永遠の生命観が明かされます。
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996 :名無しさん@お腹いっぱい。[sage]:2020/05/23(土) 22:57:22.37 ID:rf5bMlr/ - では久遠の釈尊は、いかなる因(成仏の本因)によって成仏(仏果を得た)できたのか。
寿量品には、我本行菩薩道“菩薩の道を行じることで得た寿命は未だ尽きず”とあり、 成仏の本因(種子)が仄めかされるが、それが何であるかは文上では判然としない。 寿量品冒頭において仏は、如来の秘密神通之力を示すというがそれが何であるのか。 しかるに虚空会の儀式において、仏は久遠の過去において下種した直弟子たち、 すなわち上行菩薩を代表とする地涌の菩薩らを呼び出し、未来の妙法流布のために この法の一切を付嘱するのです。 「如来の一切の所有の法、如来の一切の自在の神力、 如来の一切の秘要の蔵、如来の一切の甚深の事、皆此の経に於いて宣示顕説す」 時は移り、仏法はインド、中国、朝鮮半島を経て日本へと東漸し、末法において、 日蓮大聖人はこの根源の法を南無妙法蓮華経の御本尊として視覚化して顕わし、 また題目として音声化し、仏が別の場所ではなく自身の心の宮殿にあると示された。 さらに700年の時を経て、仏意仏勅の教団である創価学会が、世界192カ国に妙法を弘め 仏法西還を果たしているのです。
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997 :名無しさん@お腹いっぱい。[sage]:2020/05/23(土) 22:57:58.44 ID:rf5bMlr/ - >アホのような題目を唱えて悟りを開いたわけではない。
釈尊が久遠実成を明かしたのは、十界の因果が断絶していないことを意味します。 開目抄に云く 「本門にいたりて始成正覚をやぶれば四教の果をやぶる、四教の果をやぶれば四教の因やぶれぬ、 爾前迹門の十界の因果を打ちやぶって本門の十界の因果をとき顕す、此即ち本因本果の法門なり、 九界も無始の仏界に具し仏界も無始の九界に備りて・真の十界互具・百界千如・一念三千なるべし」 久遠の仏が、ある時は迷いを持つ人間として、またある時は畜生として姿かたちを変え、 輪廻し、常住しているとすれば、地獄、餓鬼、畜生から菩薩に至る迷いの境涯と 仏の悟りの境涯を同時に併せ持ち、それらを往還しているということがいえます。 この十界のそれぞれの境涯が不可分であり、相互に備わっていることを十界互具といい、 己心に十界の生命および森羅万象の万法が収まっていることを一念三千といいます。 ではなぜこのような法門が示されたかというと、始成正覚の釈尊のように煩悩を断じ尽くして 成道するという古い生命観、解脱観、修行法では、衆生が成仏できないからです。 多くの衆生は、煩悩、迷い、苦悩を完全に離れることなどできないし、実践不可能であり、 そもそもそのような修行も成仏を日常において望んでいるわけではありません。 したがって煩悩、迷い、苦悩を離れずに仏界の生命を併せ持ち、顕在化させていく 因果倶時の妙法の智慧が明かされるのです。
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998 :名無しさん@お腹いっぱい。[sage]:2020/05/23(土) 22:58:25.55 ID:rf5bMlr/ - 妙法蓮華経の題号は、花と実が同時に生長する不思議な植物の名に由来します。
この法門によって、迷いの九界と仏界を同時に併せ持つ衆生が、凡夫の身のまま 成仏する煩悩即菩提、生死即涅槃が示されるのです。 また妙法は、開く、具足円満、蘇生の義があるといわれ、抜苦与楽、宿命転換の法であり、 個人の人生のみならず、国土・社会を変える力があるといわれます。 煩悩、迷い、苦悩を抱える我々凡夫の誰もが、日々御本尊に縁し、題目の音声によって 仏界の生命を涌現させ、日常を離れることなく、それぞれの願望や苦悩の解決をめざし、 最終的に成仏の境涯へと至っていける。それゆえ一切衆生の成仏が可能となり、 ここに法華経が経王と呼ばれる所以があるのです。
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