- 日蓮って ver.29
663 :名無しさん@お腹いっぱい。[]:2014/09/23(火) 07:11:55.73 ID:AERRg5FQ - 661の現宗研のアップしている最澄の法華秀句の引用する法華経の該当箇所には「宝樹」の字が見えますね。誤字でしょう。
ところで先日の如意宝珠の梵語には「如意」の意味はないと言いましたが、如意樹というのはカルパヴリクシャという成語があります。 もともと仏教以前からインドでは民衆レベルでは聖樹信仰があった。これがヤクシニーの信仰に変わり、夜叉(女)として仏教に編入されました。 ここまでは通説です。すると聖樹-如意樹(夜叉)信仰が仏教に編入され、やがて塔や宝珠の信仰に形態を変えていったと考えられます。 すると結局は山椒島さんがいうように樹でも珠でも本質的な意味に差はないといえそうですね。
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- 日蓮って ver.29
664 :名無しさん@お腹いっぱい。[]:2014/09/23(火) 07:55:53.40 ID:AERRg5FQ - 663の続き
ところで余計なことを言えば、私はこの竜女の説話は法華経普及団(サカ族?)か、それ以前の侵入民族の首領による竜王部族の制服、およびそれに伴う竜女の処女喪失の物語を象意するものと解釈しています。 つまり竜女が釈尊に向かって差し出した珠とは処女性および被征服部族の財貨であって、釈尊に擬せられているのは侵入した異民族の首領だと思います。この釈尊の擬制は法華経では多く見られます。 女性器の消失と男性器の出現およびシャーリプトラと大勢がその事実を見て証言するという、どうかと思われるくだりはこの性的征服を隠蔽するために、故意に竜女が男性であると強調したものと解釈します。 もちろんこれはあくまで伝承文学としての見方による私見ですから、信仰としての教義解釈とはまったく別次元の問題です。初めに「余計なこと」と断った所以です。
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- 学会の本尊はカラーコピーだった 24
861 :名無しさん@お腹いっぱい。[]:2014/09/23(火) 09:30:29.40 ID:AERRg5FQ - >>858
日蓮に批判的な通行人ですから宗門の肩を持つ気はありませんが、創価信者のよく言うその理屈は客観的にみておかしいと思いますよ。 創価が急成長したのは宗門の在家信徒団体としての時期と重なっていますよね。違いますか? その時代の前後の平均成長率と、在家信徒団体時代の平均成長率を比較すれば後者が圧倒的に高いはずです。 ということは創価は在家信徒として、あなたがたのいう「功徳」を受けていたという解釈でなければなりません。 もし創価が単体で成長力があるならば、破門後に創価側についた離脱僧らの寺は破竹の快進撃をしているはずですが、どうですか? それに布施をするのを「買い与えた」などと恩着せがましく言うのは仏教以前に人間としてお里が知れますよ。
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- 学会の本尊はカラーコピーだった 24
872 :名無しさん@お腹いっぱい。[]:2014/09/23(火) 17:09:21.42 ID:AERRg5FQ - >>871
そういうことです。つまり860のいう「創価の大発展」も863のいう「布教の伸び足が当時ほどでない」のも単に経済情勢の反映ということです。 今はどちらも「布教の伸び足が当時ほどでないのは学会も正宗も同じ」ということですからね。信心の効果のほどは明らかです。 したがって創価が自慢する往年の「大発展」はなんら創価が正しいという現証ではないわけです。まあ常識の世界の話ですけどね。
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