トップページ > 創価・公明 > 2014年04月13日 > wSv7gMn0

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名無しさん@お腹いっぱい。
日蓮って ver.27

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日蓮って ver.27
563 :名無しさん@お腹いっぱい。[sage]:2014/04/13(日) 08:39:29.85 ID:wSv7gMn0
>>548
それでさ、池田せんせの「去年の暦」理論から始まる
アヤしげな末法とほけきょーの解釈ですけどww

「末法なれば法華経もせんなし」というのは
日蓮さまもこの堂々めぐりに気がついてるわけで。

なんとかせにゃイカん、ということで題目ナムナムとしたら
法華経と末法の切っても切れないムジュンから
なんとか離脱して逃げ切れるのでわ?

1. 法華経はお釈迦さまの保証つきだからホンモノの功徳がある
    ↓
2. でも末法にはお釈迦さまの功徳が消えるから
法華経も効き目がなくなる(末法と法華経の両方を営業に利用したい)
    ↓
3. でもでも、日蓮さまは前世で上行菩薩だったときに、
お釈迦さまから末法に通用する秘密を伝授されたと
経典には書いてある(きっとアレがわたしだったに違いない)
    ↓
4. わたくし日蓮は愚鈍な男ですが、
最近口の中でなにやら呪文のようなものを
モゴモゴとつぶやいていることに気がつきました・・。

これが御書にある正統派の題目ストーリーなんだけど、
大石寺信濃町の日蓮本仏論は、本仏は宇宙で一番エラいのに
格下のお釈迦さまから口決相承としてなんか習う必要ないやんけ、と思うが・・。

この3番のところで、お釈迦様が秘伝を教えてくれたはいいけれど、
その秘伝としての五文字題目が末法に唯一通用するという主張は、
末法にお釈迦さの教えが力を失う、という末法の定義とは
またまたムジュンしてますよね、なんだかなー・・。
日蓮って ver.27
564 :名無しさん@お腹いっぱい。[sage]:2014/04/13(日) 09:03:26.75 ID:wSv7gMn0
ついでに題目の元ねたとして法華懴法を引用してるけど、
これも苦し紛れの言い訳な感じがするオカしな話で・・、

1. 懺悔と読経は修行の中では別のステップに属するから、
  題目のような読経行ではない

2. 該当箇所を見ればすぐわかる、

次 十方念仏
南無十方仏 南無十方法 南無十方僧 南無釈迦牟尼仏
南無多宝仏 南無十方分身釈迦牟尼仏 南無妙法蓮華経←○ここ
南無文殊師利菩薩 南無普賢菩薩・・・

いろんなものに帰依するうちのひとつなんだよね。
他にずらずらーっといっぱいあるものに帰依しなくてよいのかな?

3. じつは↑上の該当箇所につづいてさらに不思議なことが書いてある。

次 経段
妙法蓮華経安楽行品
・・・
常好坐禅・在於閑処 (静かなところで坐禅を好み)・・・

なぜか理由はわからないけど、法華経安楽行品にある
菩薩の四つの行いがまるごと引用されてんですよね・・。
坐禅しなくていいのかなー?

4. これ天台のサイト見たら、十三番目に読む経典として書いてあるけど、
弘法大師は嵯峨天皇に講義するのに、法華経を三番目に説いた、
というそれだけで日蓮さんは弘法大師をののしってますから、
日蓮教としては比叡山ゼッタイに地獄に落としてやる !!!
みたいな感じですか? なんかだんだんわやくちゃになってくるけど・・。


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