- 日蓮って ver.26
795 :山椒島 ◆AUtVVr2znk [sage]:2014/03/08(土) 06:35:40.32 ID:QZv69PDD - >>789 さん
>>713・>>731の通り、私は今でも日蓮宗・日蓮正宗・創価学会の一部の人達と付き合いがあります。 私が「よく勉強されているなぁ」と感じる人達は、個人差はありますが、伝承は伝承として弁えておられますよ。 そういう人は話していても常に冷静で穏やかです。「信心と学問は別」とは、そういうことではないでしょうか。 逆に正宗系の人達に見られる傾向なのですが、真偽不明書や伝承、組織内の口コミなどをまったく無頓着に 受け入れ、それを根拠万全の真理であるかの如く「無知なお前らに教えてやる」と言わんばかりの態度で語り、 (案の定)論に窮したら上記のセリフを吐き捨て、感情丸出しで罵倒して去る、という人が実に多いのですよ。 私は少なくとも自分では親・日蓮的と思っていますが、正直「そりゃ日蓮も必要以上に叩かれるわ」と感じます。 信が一義でも行学もまた不可欠。「無疑曰信」とは、ただひたすら猪突"盲信"することでは無いですよね。 あと、龍ノ口については、法華講の方でしょうか、理由は異なるかもしれませんが>>794さんに私も同意です。 「御消息」については、昔は各門・各山でごく限られた「御書」しか読めなかった事実をふまえて考えてみて下さい。
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- 日蓮って ver.26
805 :山椒島 ◆AUtVVr2znk [sage]:2014/03/08(土) 09:35:31.12 ID:QZv69PDD - >>796-799・>>801 さん
なるほど、能本を中心に置いた考察なのですね。幕府滅亡後も比企氏が残ったことを以って満願ですか。 情報が少なくてあきらめていたのですが、レスに触発されて検索してみたところ、こんなサイトを見つけました。 源範頼と比企氏 ttp://www.yoshimi-rekishi.or.tv/shutsuji2.htm 図中の比企能員から能本、安達盛長から景盛−義景−泰盛と、一応これで両氏の血縁も繋がりました。 他と比べて特別濃いわけではないと思われますが、儒学・書道などの繋がりを後押しくらいはしたかもですね。 >>800・>>802 さん 私はその辺の土地勘が薄く・・・大路の途中、Y字路からの細い小道(うろ覚え)が旧小路ということですか。 あと、もうこの頃の評定衆のメンバーには、時宗は含まれない(執権の御前会議でない)のでしょうか。 原型の合議制には含まれ、やがて評定制になり、そこから寄合への移行の経緯が分かりません。
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- 日蓮って ver.27
1 :名無しさん@お腹いっぱい。[]:2014/03/08(土) 09:37:20.07 ID:QZv69PDD - 日蓮って version 26 (※500kb超)
http://anago.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1384348950/ 「日蓮って」過去ログ http://hyakkimaru.nukenin.jp/ 創価学会の教義と日蓮仏法について、真面目に語るスレッドです。 創価学会擁護の論客もふるってご参加下さい。 コテハン推奨。sage推奨。「荒らし」は無視で。 スレが荒れる原因になりますので、暴言や挑発、嘲笑、語尾のwwwはNGです。 スレ違いの話題はほどほどにして下さい。 初心者の方も教義についての質問があればお気軽に書きこんでください。
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- 日蓮って ver.26
806 :山椒島 ◆AUtVVr2znk [sage]:2014/03/08(土) 09:38:40.86 ID:QZv69PDD - っと、スレ終盤で大量消費した責任と取って次スレです(笑
日蓮って ver.27 http://anago.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1394239040/
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- 日蓮って ver.26
807 :山椒島 ◆AUtVVr2znk [sage]:2014/03/08(土) 10:00:17.91 ID:QZv69PDD - >>804 さん
無疑曰信については私も同じように調べ付きました。遠い昔の話です(笑 比企能本についても同様に考えています。あと、「下山御消息」などでは日蓮が御成敗式目の内容を 知っていたことが分かり、これはおそらく富木常忍からだと思うのですが、同じく下山抄の以下の節、 > 而るを今大蒙古国を調伏する公家武家の日記を見るに 或は五大尊或は七仏薬師 (以下略 これの情報源が長く分かりませんでした。将軍府近辺の可能性もありますが、もし京都なら比企能本が それに当たる可能性が高いのではということで、他国侵逼難の"予言"についても得心がいった次第です。 あと、日蓮の当て字は凄まじいですよ。というより近世まで残る一般的な風習だったようですが。 常忍ですら富木・冨木・土木など色々です。真筆原文を色々見ましたが、ほとんど解読不可能でした。
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