- ユダヤの最上層部は宇宙生命体かその憑依【5】
780 :Ψ<◎>Ψ[]:2010/12/25(土) 12:17:06 ID:9hTdUeJz - 盛平自身の言葉による合気道の理念…「合気とは、敵と闘い、敵を破る術ではない。世界を和合させ、
人類を一家たらしめる道である。合気道の極意は、己を宇宙の働きと調和させ、己を宇宙そのものと 一致させることにある。合気道の極意を会得した者は、宇宙がその腹中にあり、『我は即ち宇宙』 なのである。私はそのことを、武を通じて悟った。 いかなる速技で、敵がおそいかかっても、私は敗れない。それは私の技が、敵の技より速いからではない。 これは、速い、おそいの問題ではない。はじめから勝負がついているのだ。 敵が、『宇宙そのものである私』とあらそおうとすることは、宇宙との調和を破ろうとしているのだ。 すなわち、私と争おうという気持ちをおこした瞬間に、敵は既に破れているのだ。そこには、速いとか、 おそいとかいう、時の長さが全然存在しないのだ。合気道は、無抵抗主義である。無抵抗なるが故に、 はじめから勝っているのだ。邪気ある人間、争う心のある人間は、はじめから負けているのである。 ではいかにしたら、己の邪気をはらい、心を清くして、宇宙森羅万象の活動と調和することができるか? それには、まず神の心を己の心とすることだ。それは上下四方、古往今来、宇宙のすみずみにまでにおよぶ、 偉大なる『愛』である。『愛は争わない。』『愛には敵がない。』何ものかを敵とし、何ものかと争う心は、 すでに神の心ではないのだ。これと一致しない人間は宇宙と調和できない。宇宙と調和できない人間の武は、 破壊の武であって、真の武産(たけむす:神道の真理の言葉)ではない。だから武技を争って、勝ったり 負けたりするのは真の武ではない。真の武はいかなる場合にも絶対不敗である。即ち絶対不敗とは絶対に 何ものとも争わぬことである。勝つとは己の心の中の『争う心』にうちかつことである。あたえられた自己の 使命をなしとげることである。しかし、いかにその理論をむずかしく説いても、それを実行しなければ、 その人はただの人間にすぎない。合気道は、これを実行してはじめて偉大な力が加わり、大自然そのものに 一致することができるのである。」(高橋英雄編著 『武産合気-植芝盛平先生口述』 白光真宏会出版局、 1986年、ISBN 4892140805、15-14頁)。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%88%E6%B0%97%E9%81%93
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