- 日本国憲法無効論/大日本帝国憲法現存論
495 :法哲学探究者 ◆V9NFYlHDBE []:2013/10/23(水) 03:10:33.39 ID:DyFcSqCB - 混乱しているね。
ではここでシステム論からの思考実験をしよう。 国家運営すなわち憲法秩序はシステムというのは言うまでもないね。 もし、今、侵略者があらわれたり、超巨大地震などで 民主制度が機能不全となったら、誰を中心にこの国をまとまればいいのか? 少なくともシステム論的、立場から言えば ミッションクリティカルなシステムは常にバックアップ体制があるという事だ。 大化の改新のころの律令制もそうだが明治維新もしかり これらは国家が危機対応ができなくなり、機能不全におちいったケースではないのか? 明治維新がモデルにおいたとされる建武の親政も似たような状況ではないのか? 統治とはかならずしも、うまくいく事だけを前提に考えてはいけないのではないか?
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- 成文憲法の必要性は無いと思う
91 :法哲学探究者 ◆V9NFYlHDBE []:2013/10/23(水) 04:36:45.98 ID:DyFcSqCB - 国民主権原理の元
改正したいなら、国民にそれだけの力量が要求される。 そもそも明らかに現状の実態は国民は主権者ではない。法と実態は別だ。 まずは自らのまちを自治し、自らのまちにもとづく みずからのまちの(憲)法をつくってみればよかろう。 そうすれば憲法とは何かが愚民にもわかるであろう つくった法が正しければまちは活性化する。みずからのまちの法も正しくきめられん 国政から自治まで全て役人任せの無責任の輩である 愚民どもが国家の法を決める?身の程知らずもはなはだしいわ! 話は実績を出してから、から聞いてやる。
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- 成文憲法の必要性は無いと思う
92 :法哲学探究者 ◆V9NFYlHDBE []:2013/10/23(水) 04:43:39.91 ID:DyFcSqCB - >>89
そこは美学の問題であろう。 政治とは人間を超えたものだ。美を追求する芸術は神への追求ともいえる。 たとえ0から創ったとするものが一字一句、以前のものとちがわなくても 憲法はよその国の干渉で決められたとすればそれはもう独立国ではない。 そのような脆弱な精神では憲法だけでなく、あらゆる面で他国の干渉を招くだろう。 結局、国家とは精神が創る概念でしかないのだからそこに美という線引きがなければ いくらでも他国につけいられるのだ。
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- 成文憲法の必要性は無いと思う
93 :法哲学探究者 ◆V9NFYlHDBE []:2013/10/23(水) 04:54:18.97 ID:DyFcSqCB - 日本は大陸法の国という発想がお門違いだ。
国家を守り近代化をするために大陸法的な統治をはじめに導入したに過ぎない 日本は本来、英国と同じ慣習法の国だが そのガラパゴスな慣習では弱肉強食の国際社会ではいきのこれないから 成文法を導入して大陸法的な強制制をしているのであって これは英国をまねし立憲秩序を導入した国々にも言える。 しょせん法とは慣習をさすのであって、成文を書いたから実現をしましたなんてものじゃない。 日本が大陸法の国かどうか国民が成文よりも共通の慣習的道徳をおもんずるのでそれでわかるであろう。 実態をみよ。所詮、書の中の事は空想だ。
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