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144 :ファンクラブ会員番号774[sage]:2017/02/05(日) 02:07:39.50 ID:tFpMuZAP - この国でも一夜に数千羽の七面鳥がしめられるという、あるクリスマス・イヴの出来事だ。
帝都最大の殷賑いんしん地帯、ネオン・ライトの闇夜の虹が、幾万の通行者を五色にそめるG街、その表通りを一歩裏へ入ると、そこにこの都の暗黒街が横たわっている。 G街の方は、午後十一時ともなれば、夜の人種にとってはまことにあっけなく、しかし帝都の代表街にふさわしい行儀よさで、 ほとんど人通りがとだえてしまうのだが、それと引き違いに、背中合わせの暗黒街がにぎわい始め、午前二時三時頃までも、 男女のあくなき享楽児どもが、窓をとざした建物の薄くらがりの中に、ウヨウヨとうごめきつづける。 今もいうあるクリスマス・イヴの午前一時頃、その暗黒街のとある巨大な建物、外部から見たのではまるで空家のようなまっ暗な建物の中に、 けたはずれな、狂気めいた大夜会が、今、最高潮に達していた。 ナイトクラブの広々としたフロアに、数十人の男女が、或る者は盃をあげてブラボーを叫び、或る者はだんだら染めのの尖とんがり帽子を横っちょにして踊りくるい、 或る者はにげまどう小女をゴリラの恰好かっこうで追いまわし、或る者は泣きわめき、或る者は怒りくるっている上を、 五色の粉紙が雪と舞い、五色のテープが滝と落ち、数知れぬ青赤の風船玉が、むせかえる煙草たばこのけむりの雲の中を、とまどいをしてみだれ飛んでいた。 「やあ、ダーク・エンジェルだ。ダーク・エンジェルだ」 「黒天使の御入来だぞ」 「ブラボー、女王様ばんざい!」 口々にわめく酔いどれの声々が混乱して、たちまち急霰きゅうさんの拍手が起こった。 自然に開かれた人垣の中を、浮き浮きとステップをふむようにして、室の中央に進みでる一人の婦人。 まっ黒なイブニング・ドレスに、まっ黒な帽子、まっ黒な手袋、まっ黒な靴下、まっ黒な靴、黒ずくめの中に、かがやくばかりの美貌が、ドキドキと上気して、赤いばらのように咲きほこっている。 「諸君、御機嫌よう。僕はもう酔っぱらってるんです。しかし、飲みましょう。そして、踊りましょう」 美しい婦人は、右手をヒラヒラと頭上に打ち振りながら、可愛らしい巻舌で叫んだ。 「飲みましょう。そして、踊りましょう。ダーク・エンジェルばんざい!」 「オーイ、ボーイさん、シャンパンだ、シャンパンだ」 やがて、ポン、ポンと花やかな小銃が鳴りひびいて、コルクの弾丸が五色の風船玉をぬって昇天した。そこにも、ここにも、カチカチとグラスのふれる音、そして、またしても、 「ブラボー、ダーク・エンジェル!」 の合唱だ。 暗黒街の女王のこの人気は、一体どこからわいて出たのか。たとえ彼女の素性は少しもわからなくても、その美貌、 そのズバぬけたふるまい、底知れぬ贅沢ぜいたく、おびただしい宝石の装身具、それらのどの一つを取っても、女王の資格は十分すぎるほどであったが、 彼女はさらにもっともっとすばらしい魅力をそなえていた。 彼女は大胆不敵なエキジビショニストであったのだ。 「黒天使、いつもの宝石踊りを所望します!」 だれかが口を切ると、ワーッというドヨメキ、そして一せいの拍手。 片隅のバンドが音楽を始めた。わいせつなサキソフォンが、異様に人々の耳をくすぐった。 人々の円陣の中央には、もう宝石踊りが始まっていた。黒天使は今や白天使と変じた。彼女の美しく上気した全肉体をおおうものは、 二筋の大粒な首飾りと、見事な翡翠ひすいの耳飾りと、無数のダイヤモンドをちりばめた左右の腕環と、三箇の指環のほかには、一本の糸、一枚の布切れさえもなかった。 彼女は今、チカチカと光りかがやく、桃色の一肉塊にすぎなかった。それが肩をゆすり、足をあげて、エジプト宮廷の、なまめかしき舞踊を、たくみにも踊りつづけているのだ。 「オイ、見ろ、黒トカゲが這はい始めたぜ。なんてすばらしいんだろ」 「ウン、ほんとうに、あの小さな虫が、生きて動きだすんだからね」 意気なタキシードの青年がささやき交わした。 美しい女の左の腕に、一匹の真黒に見えるトカゲが這っていた。 それが彼女の腕のゆらぎにつれて、吸盤のある足をヨタヨタと動かして、這い出したように見えるのだ。今にもそれが、肩から頸くび、頸から顎あご、 そして彼女の真赤なヌメヌメとした、唇までも、這いあがって行きそうに見えながら、いつまでも同じ腕にうごめいている。 真にせまった一匹のトカゲの入墨いれずみであった。 さすがにこの恥知らずの舞踊は四、五分しかつづかなかったが、それが終ると、 感激した酔いどれ紳士たちが、ドッと押し寄せて、何か口々に激情の叫びをあげながら、いきなり裸美人らびじんを胴上げにして、お御輿みこしのかけ声勇ましく、室内をグルグルと廻り歩
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145 :ファンクラブ会員番号774[sage]:2017/02/05(日) 02:08:22.16 ID:tFpMuZAP - この国でも一夜に数千羽の七面鳥がしめられるという、あるクリスマス・イヴの出来事だ。
帝都最大の殷賑いんしん地帯、ネオン・ライトの闇夜の虹が、幾万の通行者を五色にそめるG街、その表通りを一歩裏へ入ると、そこにこの都の暗黒街が横たわっている。 G街の方は、午後十一時ともなれば、夜の人種にとってはまことにあっけなく、しかし帝都の代表街にふさわしい行儀よさで、 ほとんど人通りがとだえてしまうのだが、それと引き違いに、背中合わせの暗黒街がにぎわい始め、午前二時三時頃までも、 男女のあくなき享楽児どもが、窓をとざした建物の薄くらがりの中に、ウヨウヨとうごめきつづける。 今もいうあるクリスマス・イヴの午前一時頃、その暗黒街のとある巨大な建物、外部から見たのではまるで空家のようなまっ暗な建物の中に、 けたはずれな、狂気めいた大夜会が、今、最高潮に達していた。 ナイトクラブの広々としたフロアに、数十人の男女が、或る者は盃をあげてブラボーを叫び、或る者はだんだら染めのの尖とんがり帽子を横っちょにして踊りくるい、 或る者はにげまどう小女をゴリラの恰好かっこうで追いまわし、或る者は泣きわめき、或る者は怒りくるっている上を、 五色の粉紙が雪と舞い、五色のテープが滝と落ち、数知れぬ青赤の風船玉が、むせかえる煙草たばこのけむりの雲の中を、とまどいをしてみだれ飛んでいた。 「やあ、ダーク・エンジェルだ。ダーク・エンジェルだ」 「黒天使の御入来だぞ」 「ブラボー、女王様ばんざい!」 口々にわめく酔いどれの声々が混乱して、たちまち急霰きゅうさんの拍手が起こった。 自然に開かれた人垣の中を、浮き浮きとステップをふむようにして、室の中央に進みでる一人の婦人。 まっ黒なイブニング・ドレスに、まっ黒な帽子、まっ黒な手袋、まっ黒な靴下、まっ黒な靴、黒ずくめの中に、かがやくばかりの美貌が、ドキドキと上気して、赤いばらのように咲きほこっている。 「諸君、御機嫌よう。僕はもう酔っぱらってるんです。しかし、飲みましょう。そして、踊りましょう」 美しい婦人は、右手をヒラヒラと頭上に打ち振りながら、可愛らしい巻舌で叫んだ。 「飲みましょう。そして、踊りましょう。ダーク・エンジェルばんざい!」 「オーイ、ボーイさん、シャンパンだ、シャンパンだ」 やがて、ポン、ポンと花やかな小銃が鳴りひびいて、コルクの弾丸が五色の風船玉をぬって昇天した。そこにも、ここにも、カチカチとグラスのふれる音、そして、またしても、 「ブラボー、ダーク・エンジェル!」 の合唱だ。 暗黒街の女王のこの人気は、一体どこからわいて出たのか。たとえ彼女の素性は少しもわからなくても、その美貌、 そのズバぬけたふるまい、底知れぬ贅沢ぜいたく、おびただしい宝石の装身具、それらのどの一つを取っても、女王の資格は十分すぎるほどであったが、 彼女はさらにもっともっとすばらしい魅力をそなえていた。 彼女は大胆不敵なエキジビショニストであったのだ。 「黒天使、いつもの宝石踊りを所望します!」 だれかが口を切ると、ワーッというドヨメキ、そして一せいの拍手。 片隅のバンドが音楽を始めた。わいせつなサキソフォンが、異様に人々の耳をくすぐった。 人々の円陣の中央には、もう宝石踊りが始まっていた。黒天使は今や白天使と変じた。彼女の美しく上気した全肉体をおおうものは、 二筋の大粒な首飾りと、見事な翡翠ひすいの耳飾りと、無数のダイヤモンドをちりばめた左右の腕環と、三箇の指環のほかには、一本の糸、一枚の布切れさえもなかった。 彼女は今、チカチカと光りかがやく、桃色の一肉塊にすぎなかった。それが肩をゆすり、足をあげて、エジプト宮廷の、なまめかしき舞踊を、たくみにも踊りつづけているのだ。 「オイ、見ろ、黒トカゲが這はい始めたぜ。なんてすばらしいんだろ」 「ウン、ほんとうに、あの小さな虫が、生きて動きだすんだからね」 意気なタキシードの青年がささやき交わした。 美しい女の左の腕に、一匹の真黒に見えるトカゲが這っていた。 それが彼女の腕のゆらぎにつれて、吸盤のある足をヨタヨタと動かして、這い出したように見えるのだ。今にもそれが、肩から頸くび、頸から顎あご、 そして彼女の真赤なヌメヌメとした、唇までも、這いあがって行きそうに見えながら、いつまでも同じ腕にうごめいている。 真にせまった一匹のトカゲの入墨いれずみであった。 さすがにこの恥知らずの舞踊は四、五分しかつづかなかったが、それが終ると、 感激した酔いどれ紳士たちが、ドッと押し寄せて、何か口々に激情の叫びをあげながら、いきなり裸美人らびじんを胴上げにして、お御輿みこしのかけ声勇ましく、室内をグルグルと廻り歩
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146 :ファンクラブ会員番号774[sage]:2017/02/05(日) 02:08:54.19 ID:tFpMuZAP - この国でも一夜に数千羽の七面鳥がしめられるという、あるクリスマス・イヴの出来事だ。
帝都最大の殷賑いんしん地帯、ネオン・ライトの闇夜の虹が、幾万の通行者を五色にそめるG街、その表通りを一歩裏へ入ると、そこにこの都の暗黒街が横たわっている。 G街の方は、午後十一時ともなれば、夜の人種にとってはまことにあっけなく、しかし帝都の代表街にふさわしい行儀よさで、 ほとんど人通りがとだえてしまうのだが、それと引き違いに、背中合わせの暗黒街がにぎわい始め、午前二時三時頃までも、 男女のあくなき享楽児どもが、窓をとざした建物の薄くらがりの中に、ウヨウヨとうごめきつづける。 今もいうあるクリスマス・イヴの午前一時頃、その暗黒街のとある巨大な建物、外部から見たのではまるで空家のようなまっ暗な建物の中に、 けたはずれな、狂気めいた大夜会が、今、最高潮に達していた。 ナイトクラブの広々としたフロアに、数十人の男女が、或る者は盃をあげてブラボーを叫び、或る者はだんだら染めのの尖とんがり帽子を横っちょにして踊りくるい、 或る者はにげまどう小女をゴリラの恰好かっこうで追いまわし、或る者は泣きわめき、或る者は怒りくるっている上を、 五色の粉紙が雪と舞い、五色のテープが滝と落ち、数知れぬ青赤の風船玉が、むせかえる煙草たばこのけむりの雲の中を、とまどいをしてみだれ飛んでいた。 「やあ、ダーク・エンジェルだ。ダーク・エンジェルだ」 「黒天使の御入来だぞ」 「ブラボー、女王様ばんざい!」 口々にわめく酔いどれの声々が混乱して、たちまち急霰きゅうさんの拍手が起こった。 自然に開かれた人垣の中を、浮き浮きとステップをふむようにして、室の中央に進みでる一人の婦人。 まっ黒なイブニング・ドレスに、まっ黒な帽子、まっ黒な手袋、まっ黒な靴下、まっ黒な靴、黒ずくめの中に、かがやくばかりの美貌が、ドキドキと上気して、赤いばらのように咲きほこっている。 「諸君、御機嫌よう。僕はもう酔っぱらってるんです。しかし、飲みましょう。そして、踊りましょう」 美しい婦人は、右手をヒラヒラと頭上に打ち振りながら、可愛らしい巻舌で叫んだ。 「飲みましょう。そして、踊りましょう。ダーク・エンジェルばんざい!」 「オーイ、ボーイさん、シャンパンだ、シャンパンだ」 やがて、ポン、ポンと花やかな小銃が鳴りひびいて、コルクの弾丸が五色の風船玉をぬって昇天した。そこにも、ここにも、カチカチとグラスのふれる音、そして、またしても、 「ブラボー、ダーク・エンジェル!」 の合唱だ。 暗黒街の女王のこの人気は、一体どこからわいて出たのか。たとえ彼女の素性は少しもわからなくても、その美貌、 そのズバぬけたふるまい、底知れぬ贅沢ぜいたく、おびただしい宝石の装身具、それらのどの一つを取っても、女王の資格は十分すぎるほどであったが、 彼女はさらにもっともっとすばらしい魅力をそなえていた。 彼女は大胆不敵なエキジビショニストであったのだ。 「黒天使、いつもの宝石踊りを所望します!」 だれかが口を切ると、ワーッというドヨメキ、そして一せいの拍手。 片隅のバンドが音楽を始めた。わいせつなサキソフォンが、異様に人々の耳をくすぐった。 人々の円陣の中央には、もう宝石踊りが始まっていた。黒天使は今や白天使と変じた。彼女の美しく上気した全肉体をおおうものは、 二筋の大粒な首飾りと、見事な翡翠ひすいの耳飾りと、無数のダイヤモンドをちりばめた左右の腕環と、三箇の指環のほかには、一本の糸、一枚の布切れさえもなかった。 彼女は今、チカチカと光りかがやく、桃色の一肉塊にすぎなかった。それが肩をゆすり、足をあげて、エジプト宮廷の、なまめかしき舞踊を、たくみにも踊りつづけているのだ。 「オイ、見ろ、黒トカゲが這はい始めたぜ。なんてすばらしいんだろ」 「ウン、ほんとうに、あの小さな虫が、生きて動きだすんだからね」 意気なタキシードの青年がささやき交わした。 美しい女の左の腕に、一匹の真黒に見えるトカゲが這っていた。 それが彼女の腕のゆらぎにつれて、吸盤のある足をヨタヨタと動かして、這い出したように見えるのだ。今にもそれが、肩から頸くび、頸から顎あご、 そして彼女の真赤なヌメヌメとした、唇までも、這いあがって行きそうに見えながら、いつまでも同じ腕にうごめいている。 真にせまった一匹のトカゲの入墨いれずみであった。 さすがにこの恥知らずの舞踊は四、五分しかつづかなかったが、それが終ると、 感激した酔いどれ紳士たちが、ドッと押し寄せて、何か口々に激情の叫びをあげながら、いきなり裸美人らびじんを胴上げにして、お御輿みこしのかけ声勇ましく、室内をグルグルと廻り歩
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147 :ファンクラブ会員番号774[sage]:2017/02/05(日) 02:09:25.80 ID:tFpMuZAP - この国でも一夜に数千羽の七面鳥がしめられるという、あるクリスマス・イヴの出来事だ。
帝都最大の殷賑いんしん地帯、ネオン・ライトの闇夜の虹が、幾万の通行者を五色にそめるG街、その表通りを一歩裏へ入ると、そこにこの都の暗黒街が横たわっている。 G街の方は、午後十一時ともなれば、夜の人種にとってはまことにあっけなく、しかし帝都の代表街にふさわしい行儀よさで、 ほとんど人通りがとだえてしまうのだが、それと引き違いに、背中合わせの暗黒街がにぎわい始め、午前二時三時頃までも、 男女のあくなき享楽児どもが、窓をとざした建物の薄くらがりの中に、ウヨウヨとうごめきつづける。 今もいうあるクリスマス・イヴの午前一時頃、その暗黒街のとある巨大な建物、外部から見たのではまるで空家のようなまっ暗な建物の中に、 けたはずれな、狂気めいた大夜会が、今、最高潮に達していた。 ナイトクラブの広々としたフロアに、数十人の男女が、或る者は盃をあげてブラボーを叫び、或る者はだんだら染めのの尖とんがり帽子を横っちょにして踊りくるい、 或る者はにげまどう小女をゴリラの恰好かっこうで追いまわし、或る者は泣きわめき、或る者は怒りくるっている上を、 五色の粉紙が雪と舞い、五色のテープが滝と落ち、数知れぬ青赤の風船玉が、むせかえる煙草たばこのけむりの雲の中を、とまどいをしてみだれ飛んでいた。 「やあ、ダーク・エンジェルだ。ダーク・エンジェルだ」 「黒天使の御入来だぞ」 「ブラボー、女王様ばんざい!」 口々にわめく酔いどれの声々が混乱して、たちまち急霰きゅうさんの拍手が起こった。 自然に開かれた人垣の中を、浮き浮きとステップをふむようにして、室の中央に進みでる一人の婦人。 まっ黒なイブニング・ドレスに、まっ黒な帽子、まっ黒な手袋、まっ黒な靴下、まっ黒な靴、黒ずくめの中に、かがやくばかりの美貌が、ドキドキと上気して、赤いばらのように咲きほこっている。 「諸君、御機嫌よう。僕はもう酔っぱらってるんです。しかし、飲みましょう。そして、踊りましょう」 美しい婦人は、右手をヒラヒラと頭上に打ち振りながら、可愛らしい巻舌で叫んだ。 「飲みましょう。そして、踊りましょう。ダーク・エンジェルばんざい!」 「オーイ、ボーイさん、シャンパンだ、シャンパンだ」 やがて、ポン、ポンと花やかな小銃が鳴りひびいて、コルクの弾丸が五色の風船玉をぬって昇天した。そこにも、ここにも、カチカチとグラスのふれる音、そして、またしても、 「ブラボー、ダーク・エンジェル!」 の合唱だ。 暗黒街の女王のこの人気は、一体どこからわいて出たのか。たとえ彼女の素性は少しもわからなくても、その美貌、 そのズバぬけたふるまい、底知れぬ贅沢ぜいたく、おびただしい宝石の装身具、それらのどの一つを取っても、女王の資格は十分すぎるほどであったが、 彼女はさらにもっともっとすばらしい魅力をそなえていた。 彼女は大胆不敵なエキジビショニストであったのだ。 「黒天使、いつもの宝石踊りを所望します!」 だれかが口を切ると、ワーッというドヨメキ、そして一せいの拍手。 片隅のバンドが音楽を始めた。わいせつなサキソフォンが、異様に人々の耳をくすぐった。 人々の円陣の中央には、もう宝石踊りが始まっていた。黒天使は今や白天使と変じた。彼女の美しく上気した全肉体をおおうものは、 二筋の大粒な首飾りと、見事な翡翠ひすいの耳飾りと、無数のダイヤモンドをちりばめた左右の腕環と、三箇の指環のほかには、一本の糸、一枚の布切れさえもなかった。 彼女は今、チカチカと光りかがやく、桃色の一肉塊にすぎなかった。それが肩をゆすり、足をあげて、エジプト宮廷の、なまめかしき舞踊を、たくみにも踊りつづけているのだ。 「オイ、見ろ、黒トカゲが這はい始めたぜ。なんてすばらしいんだろ」 「ウン、ほんとうに、あの小さな虫が、生きて動きだすんだからね」 意気なタキシードの青年がささやき交わした。 美しい女の左の腕に、一匹の真黒に見えるトカゲが這っていた。 それが彼女の腕のゆらぎにつれて、吸盤のある足をヨタヨタと動かして、這い出したように見えるのだ。今にもそれが、肩から頸くび、頸から顎あご、 そして彼女の真赤なヌメヌメとした、唇までも、這いあがって行きそうに見えながら、いつまでも同じ腕にうごめいている。 真にせまった一匹のトカゲの入墨いれずみであった。 さすがにこの恥知らずの舞踊は四、五分しかつづかなかったが、それが終ると、 感激した酔いどれ紳士たちが、ドッと押し寄せて、何か口々に激情の叫びをあげながら、いきなり裸美人らびじんを胴上げにして、お御輿みこしのかけ声勇ましく、室内をグルグルと廻り歩
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148 :ファンクラブ会員番号774[sage]:2017/02/05(日) 02:10:54.29 ID:tFpMuZAP - この国でも一夜に数千羽の七面鳥がしめられるという、あるクリスマス・イヴの出来事だ。
帝都最大の殷賑いんしん地帯、ネオン・ライトの闇夜の虹が、幾万の通行者を五色にそめるG街、その表通りを一歩裏へ入ると、そこにこの都の暗黒街が横たわっている。 G街の方は、午後十一時ともなれば、夜の人種にとってはまことにあっけなく、しかし帝都の代表街にふさわしい行儀よさで、 ほとんど人通りがとだえてしまうのだが、それと引き違いに、背中合わせの暗黒街がにぎわい始め、午前二時三時頃までも、 男女のあくなき享楽児どもが、窓をとざした建物の薄くらがりの中に、ウヨウヨとうごめきつづける。 今もいうあるクリスマス・イヴの午前一時頃、その暗黒街のとある巨大な建物、外部から見たのではまるで空家のようなまっ暗な建物の中に、 けたはずれな、狂気めいた大夜会が、今、最高潮に達していた。 ナイトクラブの広々としたフロアに、数十人の男女が、或る者は盃をあげてブラボーを叫び、或る者はだんだら染めのの尖とんがり帽子を横っちょにして踊りくるい、 或る者はにげまどう小女をゴリラの恰好かっこうで追いまわし、或る者は泣きわめき、或る者は怒りくるっている上を、 五色の粉紙が雪と舞い、五色のテープが滝と落ち、数知れぬ青赤の風船玉が、むせかえる煙草たばこのけむりの雲の中を、とまどいをしてみだれ飛んでいた。 「やあ、ダーク・エンジェルだ。ダーク・エンジェルだ」 「黒天使の御入来だぞ」 「ブラボー、女王様ばんざい!」 口々にわめく酔いどれの声々が混乱して、たちまち急霰きゅうさんの拍手が起こった。 自然に開かれた人垣の中を、浮き浮きとステップをふむようにして、室の中央に進みでる一人の婦人。 まっ黒なイブニング・ドレスに、まっ黒な帽子、まっ黒な手袋、まっ黒な靴下、まっ黒な靴、黒ずくめの中に、かがやくばかりの美貌が、ドキドキと上気して、赤いばらのように咲きほこっている。 「諸君、御機嫌よう。僕はもう酔っぱらってるんです。しかし、飲みましょう。そして、踊りましょう」 美しい婦人は、右手をヒラヒラと頭上に打ち振りながら、可愛らしい巻舌で叫んだ。 「飲みましょう。そして、踊りましょう。ダーク・エンジェルばんざい!」 「オーイ、ボーイさん、シャンパンだ、シャンパンだ」 やがて、ポン、ポンと花やかな小銃が鳴りひびいて、コルクの弾丸が五色の風船玉をぬって昇天した。そこにも、ここにも、カチカチとグラスのふれる音、そして、またしても、 「ブラボー、ダーク・エンジェル!」 の合唱だ。 暗黒街の女王のこの人気は、一体どこからわいて出たのか。たとえ彼女の素性は少しもわからなくても、その美貌、 そのズバぬけたふるまい、底知れぬ贅沢ぜいたく、おびただしい宝石の装身具、それらのどの一つを取っても、女王の資格は十分すぎるほどであったが、 彼女はさらにもっともっとすばらしい魅力をそなえていた。 彼女は大胆不敵なエキジビショニストであったのだ。 「黒天使、いつもの宝石踊りを所望します!」 だれかが口を切ると、ワーッというドヨメキ、そして一せいの拍手。 片隅のバンドが音楽を始めた。わいせつなサキソフォンが、異様に人々の耳をくすぐった。 人々の円陣の中央には、もう宝石踊りが始まっていた。黒天使は今や白天使と変じた。彼女の美しく上気した全肉体をおおうものは、 二筋の大粒な首飾りと、見事な翡翠ひすいの耳飾りと、無数のダイヤモンドをちりばめた左右の腕環と、三箇の指環のほかには、一本の糸、一枚の布切れさえもなかった。 彼女は今、チカチカと光りかがやく、桃色の一肉塊にすぎなかった。それが肩をゆすり、足をあげて、エジプト宮廷の、なまめかしき舞踊を、たくみにも踊りつづけているのだ。 「オイ、見ろ、黒トカゲが這はい始めたぜ。なんてすばらしいんだろ」 「ウン、ほんとうに、あの小さな虫が、生きて動きだすんだからね」 意気なタキシードの青年がささやき交わした。 美しい女の左の腕に、一匹の真黒に見えるトカゲが這っていた。 それが彼女の腕のゆらぎにつれて、吸盤のある足をヨタヨタと動かして、這い出したように見えるのだ。今にもそれが、肩から頸くび、頸から顎あご、 そして彼女の真赤なヌメヌメとした、唇までも、這いあがって行きそうに見えながら、いつまでも同じ腕にうごめいている。 真にせまった一匹のトカゲの入墨いれずみであった。 さすがにこの恥知らずの舞踊は四、五分しかつづかなかったが、それが終ると、 感激した酔いどれ紳士たちが、ドッと押し寄せて、何か口々に激情の叫びをあげながら、いきなり裸美人らびじんを胴上げにして、お御輿みこしのかけ声勇ましく、室内をグルグルと廻り歩
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149 :ファンクラブ会員番号774[sage]:2017/02/05(日) 02:11:29.39 ID:tFpMuZAP - この国でも一夜に数千羽の七面鳥がしめられるという、あるクリスマス・イヴの出来事だ。
帝都最大の殷賑いんしん地帯、ネオン・ライトの闇夜の虹が、幾万の通行者を五色にそめるG街、その表通りを一歩裏へ入ると、そこにこの都の暗黒街が横たわっている。 G街の方は、午後十一時ともなれば、夜の人種にとってはまことにあっけなく、しかし帝都の代表街にふさわしい行儀よさで、 ほとんど人通りがとだえてしまうのだが、それと引き違いに、背中合わせの暗黒街がにぎわい始め、午前二時三時頃までも、 男女のあくなき享楽児どもが、窓をとざした建物の薄くらがりの中に、ウヨウヨとうごめきつづける。 今もいうあるクリスマス・イヴの午前一時頃、その暗黒街のとある巨大な建物、外部から見たのではまるで空家のようなまっ暗な建物の中に、 けたはずれな、狂気めいた大夜会が、今、最高潮に達していた。 ナイトクラブの広々としたフロアに、数十人の男女が、或る者は盃をあげてブラボーを叫び、或る者はだんだら染めのの尖とんがり帽子を横っちょにして踊りくるい、 或る者はにげまどう小女をゴリラの恰好かっこうで追いまわし、或る者は泣きわめき、或る者は怒りくるっている上を、 五色の粉紙が雪と舞い、五色のテープが滝と落ち、数知れぬ青赤の風船玉が、むせかえる煙草たばこのけむりの雲の中を、とまどいをしてみだれ飛んでいた。 「やあ、ダーク・エンジェルだ。ダーク・エンジェルだ」 「黒天使の御入来だぞ」 「ブラボー、女王様ばんざい!」 口々にわめく酔いどれの声々が混乱して、たちまち急霰きゅうさんの拍手が起こった。 自然に開かれた人垣の中を、浮き浮きとステップをふむようにして、室の中央に進みでる一人の婦人。 まっ黒なイブニング・ドレスに、まっ黒な帽子、まっ黒な手袋、まっ黒な靴下、まっ黒な靴、黒ずくめの中に、かがやくばかりの美貌が、ドキドキと上気して、赤いばらのように咲きほこっている。 「諸君、御機嫌よう。僕はもう酔っぱらってるんです。しかし、飲みましょう。そして、踊りましょう」 美しい婦人は、右手をヒラヒラと頭上に打ち振りながら、可愛らしい巻舌で叫んだ。 「飲みましょう。そして、踊りましょう。ダーク・エンジェルばんざい!」 「オーイ、ボーイさん、シャンパンだ、シャンパンだ」 やがて、ポン、ポンと花やかな小銃が鳴りひびいて、コルクの弾丸が五色の風船玉をぬって昇天した。そこにも、ここにも、カチカチとグラスのふれる音、そして、またしても、 「ブラボー、ダーク・エンジェル!」 の合唱だ。 暗黒街の女王のこの人気は、一体どこからわいて出たのか。たとえ彼女の素性は少しもわからなくても、その美貌、 そのズバぬけたふるまい、底知れぬ贅沢ぜいたく、おびただしい宝石の装身具、それらのどの一つを取っても、女王の資格は十分すぎるほどであったが、 彼女はさらにもっともっとすばらしい魅力をそなえていた。 彼女は大胆不敵なエキジビショニストであったのだ。 「黒天使、いつもの宝石踊りを所望します!」 だれかが口を切ると、ワーッというドヨメキ、そして一せいの拍手。 片隅のバンドが音楽を始めた。わいせつなサキソフォンが、異様に人々の耳をくすぐった。 人々の円陣の中央には、もう宝石踊りが始まっていた。黒天使は今や白天使と変じた。彼女の美しく上気した全肉体をおおうものは、 二筋の大粒な首飾りと、見事な翡翠ひすいの耳飾りと、無数のダイヤモンドをちりばめた左右の腕環と、三箇の指環のほかには、一本の糸、一枚の布切れさえもなかった。 彼女は今、チカチカと光りかがやく、桃色の一肉塊にすぎなかった。それが肩をゆすり、足をあげて、エジプト宮廷の、なまめかしき舞踊を、たくみにも踊りつづけているのだ。 「オイ、見ろ、黒トカゲが這はい始めたぜ。なんてすばらしいんだろ」 「ウン、ほんとうに、あの小さな虫が、生きて動きだすんだからね」 意気なタキシードの青年がささやき交わした。 美しい女の左の腕に、一匹の真黒に見えるトカゲが這っていた。 それが彼女の腕のゆらぎにつれて、吸盤のある足をヨタヨタと動かして、這い出したように見えるのだ。今にもそれが、肩から頸くび、頸から顎あご、 そして彼女の真赤なヌメヌメとした、唇までも、這いあがって行きそうに見えながら、いつまでも同じ腕にうごめいている。 真にせまった一匹のトカゲの入墨いれずみであった。 さすがにこの恥知らずの舞踊は四、五分しかつづかなかったが、それが終ると、 感激した酔いどれ紳士たちが、ドッと押し寄せて、何か口々に激情の叫びをあげながら、いきなり裸美人らびじんを胴上げにして、お御輿みこしのかけ声勇ましく、室内をグルグルと廻り歩
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