- 【捏造】朝日新聞がでっち上げた従軍慰安婦
309 :名無しさん@お腹いっぱい。[]:2012/08/01(水) 22:07:53.03 ID:fKejaiNz0 - 韓国人は何でも「恨」で片づけるが、この極端な過去志向は明らかに異常であり「恨」で
説明できるものではない。 韓国の惨めな歴史と、強烈な自尊心・ウリナラマンセーとの大きな矛盾に耐えられなくなって 多民族を見下し、日本を攻撃して溜飲を下げる、というのが一点、 韓国は長らく女性を清に献上していたから、近親交配が進み、劣性遺伝が主流となって精神面 に欠陥を抱えた人間が増えてしまった、という民族のDNAの問題が一点。 どちらも大問題であって、日本としては大変な迷惑である。と同時に韓国人自身も世界中で評判 を落としている。今回のロンドン五輪でも韓国人は有力選手が負けると「審判のせいで負けた」 と大騒ぎしており、世界中で顰蹙を買っている。
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- アジアの解放といい始めたのは誰か?
396 :名無しさん@お腹いっぱい。[]:2012/08/01(水) 22:16:59.78 ID:fKejaiNz0 - >>393
チャンドラ・ボースを馬鹿にしたりケチをつけようと思うなら「日本におこづかいをもらっていた」 とか、根拠の無い罵倒もできる。歴史音痴な馬鹿に特有の感情的罵倒であって、何の値打ちも無い。 日本政府がボースを支援していたのは事実だ。それは、インド独立のためであって、ボース個人の ためではない。馬鹿にはその辺の区別がつかないようだ。 ボースが何のために日本に来たか、なぜ日本がボースを受け入れたか、よく勉強してから書き込みなさい。
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- アジアの解放といい始めたのは誰か?
397 :名無しさん@お腹いっぱい。[]:2012/08/01(水) 22:23:45.85 ID:fKejaiNz0 - >>393
客観的に見ると、インドネシア独立の上で日本軍政が果たした役割は極めて大きい。 白人の醜態、学校建設、民族教育の浸透、産業育成、PETAの設立、インフラ整備。 中でも、白人の醜態を見て、インドネシア人は独立の可能性を感じ、民族意識の浸透で 独立への渇望をつのらせることになる。 これらは、大東亜戦争が無ければ決してもたらされることのなかったものばかりだ。 日本がインドネシアを占領しなければ、インドネシアの独立は50年以上遅れたであろう。 馬鹿には理解できないらしい。
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- アジアの解放といい始めたのは誰か?
398 :名無しさん@お腹いっぱい。[]:2012/08/01(水) 22:29:17.81 ID:fKejaiNz0 - インドの国会議事堂の正面にチャンドラ・ボースの肖像画が掲げられており、右側にはインド独立の父と言われる
マハトマ・ガンジーの肖像画が、左側にはインド初代首相ジャワハルラール・ネルーの肖像画が掲げられている。 チャンドラ・ボースは、独立運動に一生を捧げた不屈の闘士として、インドでは 今なお非常に高い評価を受けて いる。1993年に発行されたインド国民軍50年の記念切手では、国民軍兵士を閲兵するチャンドラ・ボースが描かれ ている。
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- アジアの解放といい始めたのは誰か?
399 :名無しさん@お腹いっぱい。[]:2012/08/01(水) 22:31:44.21 ID:fKejaiNz0 -
★ ジョイス・C・レブラ博士(米国コロラド大学歴史学部教授) 「民族主義者は、日本占領期間中に(日本軍により)身につけた自信、軍事訓練、政治能力を総動員して、西洋の植民地復帰に 対抗した。 そして、日本による占領下で、民族主義、独立要求はもはや引き返せないところまで進んでしまったということを イギリス、オランダは戦後になって思い知ることになるのである。」 「 (中略)さらに日本は独立運動を力づけ、民族主義者に武器を与えた。 日本軍敗走の跡には、二度と外国支配は許すまいと いう自信と、その自信を裏付ける手段とが残ったのである。 東南アジアの人間は今や武器を手にし、訓練を積んでおり、政治力、 組織力を身につけ、独立を求める牢固たる意志に支えられていた。」 レブラ教授の分析によれば、日本軍政は東南アジアの独立心を振起し、民族意識を高揚させた。そして、民族自決への強い自信を 与えたのである。さらに政治力、組織力や武器を身に着けさせた。東南アジア諸民族は、独立を求める強力なツールを手に入れた のである。そして、終戦後彼らは自らの力で独立を勝ち取っていった。 即ち、大東亜戦争が植民地解放戦争だったのは、疑いのない事実であると言える。 認めないのは馬鹿と在チョンのみ。馬鹿は真実を見る目が無い。在チョンは真実を認めたくないのだ。
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- 【南京大虐殺】名古屋市長の歴史観 の正しさを検証
938 :名無しさん@お腹いっぱい。[]:2012/08/01(水) 22:42:35.25 ID:fKejaiNz0 -
誰か、河村たかし市長発言のどこが間違って居るのか指摘してみろよ。
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- 【何もかも】山本五十六【こいつが悪い】
374 :名無しさん@お腹いっぱい。[]:2012/08/01(水) 22:56:17.49 ID:fKejaiNz0 - >>371
お前はただの平和ボケ
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- アジアの解放といい始めたのは誰か?
400 :名無しさん@お腹いっぱい。[]:2012/08/01(水) 23:49:19.56 ID:fKejaiNz0 -
★チャンドラ・ボースはなぜ日本に来たか? 「チャンドラ・ボースは、大東亜戦争のとき、密かにインドを脱出して、アフガニスタン経由でソ連に向かいました。 インド独立運動への支援を、革命を成功させたソ連に要請するためです。しかし彼は、スターリンにそれを断られて います。スターリンの意思は、インドの「支配」にあり、自尊・独立にはなかったからです。」 「やむなくボースは、ナチス政権下のドイツに亡命して、ヒットラーや、ムッソリーニに独立運動への支援を要請し ました。けれどヒトラーは、こう答えたそうです。「インドは、独立にあと150年はかかる」」 「スターリン、ヒットラー、ムッソリーニという名だたる指導者たちに支援を断られたボースは、ドイツでインド人 の仲間を集め、インド旅団(2,000人)を結成します。そしてベルリンから、反英ラジオ放送を開始しました。その 放送を聞いて、支援を決めたのが、東条英機でした。昭和16(1941)年のことです。そして東条英機は、同盟国で あったドイツに要請し、チャンドラ・ボースを日本に招いたのです。」 「ボースは、ドイツ海軍の潜水艦Uボートでフランス大西洋岸のブレストを出航します。そしてインド洋で、日本の 伊号第二九潜水艦に乗り換え、来日した。ボーズは、日本の支援を得て、シンガポールで「自由インド仮政府」を結 成します。そして初代首班に就任しました。これがいまのインド政府の誕生です。」 東條英機は、純粋にボース支援を決めた。スターリンやヒトラーとは違う。東條には「アジア解放思想」があり、 アジア侵略者・帝国主義者を駆逐し、大東亜共栄圏を樹立することを目指していた。 大東亜解放戦争と言われるゆえんである。
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- 【何もかも】山本五十六【こいつが悪い】
378 :名無しさん@お腹いっぱい。[]:2012/08/01(水) 23:57:50.21 ID:fKejaiNz0 - ルーズベルトの政敵フーバー元大統領は、対日宥和、対ソ強硬路線で、明確な反共だった。
これは共和党の外交路線であり、マッカーサーも対日戦に反対だった。マッカーサーは後に、 シナが赤化したのはアメリカの過去100年の最大の過ちと断定した。
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