- 【南京】東中野裁判5【新路口事件】
232 :名無しさん@お腹いっぱい。[]:2011/01/21(金) 20:37:34 ID:54xxasJ70 - そもそも南京虐殺なんてなかったし。
南京での略奪・放火・殺人はシナ兵の仕業だし。
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- 「小沢一郎」とは何だったのか
79 :名無しさん@お腹いっぱい。[]:2011/01/21(金) 20:40:36 ID:54xxasJ70 -
小沢の証人喚問が無ければ、野党が審議に応じず、菅内閣は倒れる。 だから、最終的には、多数決で小沢の証人喚問が決められるだろう。 そうすれば、西松疑惑に限らず、小沢の金銭疑惑すべてが白日の下に さらされ、偽証で切り抜けられない小沢の政治生命は完全に終わる。 楽しみだ。
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- 大東亜戦争はだいたいこんな感じでいいの?6
36 :名無しさん@お腹いっぱい。[]:2011/01/21(金) 20:44:42 ID:54xxasJ70 -
大東亜戦争の結果、多くのアジア・アフリカ植民地が独立した、という事実認識も重要。
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- 大東亜戦争とは「今」何を残したと思う。 弐号
206 :名無しさん@お腹いっぱい。[]:2011/01/21(金) 20:51:25 ID:54xxasJ70 - >>201
>>202-203 ID:Y1S30SDuP(IDがPで終わる近代史板の粘着馬鹿) こいつも偽者。偽者は嘘しかつかないから、まともに相手にするな。 でなければ、徹底的に証拠提示を求めて、叩き潰しちゃいな。
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- ABCD包囲網って本当に悪だったの???
159 :名無しさん@お腹いっぱい。[]:2011/01/21(金) 21:00:01 ID:54xxasJ70 -
★モハメッド・ナチール インドネシア共和国元首相 「アジアの希望は植民地体制の粉砕でした。大東亜戦争は私たちアジア人の戦争を 日本が代表して敢行したものです。」 「大東亜戦争というものは本来なら私達インドネシア人が、独立のために戦うべき 戦争だったと思います。もしあの時、私たちに軍事力があったなら、私たちが植民 地主義者と戦ったでしょう。大東亜戦争はそういう戦いだったんです。」 インドネシア共和国初代首相であるモハメッド・ナチール(Mohammad Natsir、1908-1992年) が言うとおり、大東亜戦争が植民地解放戦争に他ならなかったのは厳然たる事実 である。彼らは、本当なら、自分たちの手で大東亜戦争を戦いたかったのだ。
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- ABCD包囲網って本当に悪だったの???
160 :名無しさん@お腹いっぱい。[]:2011/01/21(金) 21:06:20 ID:54xxasJ70 -
★インドネシア アラムシャ 元第3副首相 「我々インドネシア人はオランダの鉄鎖を断ち切って独立すべく、350年間に亘り幾度か 屍山血河の闘争を試みたがオランダの狡知なスパイ網と強靱な武力と苛酷な法律によって 圧倒され壊滅されてしまった。それを日本軍が到来するや、たちまちにしてオランダの鉄鎖 を断ち切ってくれた。インドネシア人が歓喜雀躍し感謝感激したのは当然である。」 大東亜戦争当時を体験したインドネシア人は、大東亜戦争の本当の価値を知っている。彼らは、 日本軍政を体験し、大東亜戦争の意義を知り、独立への自信を勝ち取った。もちろん、軍政には 厳しい面もあったが、彼らは日本を信じてついてきた。そして終戦後独立戦争を戦い独立した。 大東亜戦争が植民地解放戦争であったのは、疑いの無い事実なのである 嘘つき馬鹿豚(朝鮮豚)一匹だけが涙目で否定するが。
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- 【関東軍】石原莞爾と板垣征四郎【満州国】
755 :名無しさん@お腹いっぱい。[]:2011/01/21(金) 21:09:37 ID:54xxasJ70 -
リットン報告書には、「満州事変は侵略である」とは一言も書いていない。 パールは、リットン報告書を中立な立場で精査して「満州事変は侵略戦争ではない」と断言した。 一般的に考えれば、パールの結論が正しいと考えるのが妥当である。 満州事変は侵略ではないのだ。馬鹿はそう思わないらしいが
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- 「小沢一郎」とは何だったのか
80 :名無しさん@お腹いっぱい。[]:2011/01/21(金) 21:11:48 ID:54xxasJ70 -
小沢は悪人だ。外国人参政権を推進した時点で、売国奴確定。
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- ABCD包囲網って本当に悪だったの???
161 :名無しさん@お腹いっぱい。[]:2011/01/21(金) 21:27:41 ID:54xxasJ70 - インドネシア人の中でもごく一部の人間が教育を受けることを許されたが、彼らはオランダ
政庁の手先として働き、植民地維持と独立運動弾圧の尖兵として働いた。だから、オランダ がインドネシア人に教育を施したというのは、「スパイ教育」という悪い意味としてである。 そんな教育を受けたスパイの中から、本当の愛国者スカルノ、ハッタらが現れたのである。 彼らは独立を推進し、投獄され、日本軍政に解放されて最後まで協力し、独立宣言を行った。
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