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247 :癒されたい名無しさん[sage]:2012/09/07(金) 05:37:51.98 ID:nfUucuig - Q.イエスは教会がいっているように「神の唯一の子」だったのでしょうか?それとも、ふつうの人間の子で、偉大な霊的能力をそなえていたのでしょうか?
A.イエスは、大霊の使命を帯びて物質界へ降誕した使者の一人でした。地上での使命は成就しましたが、まだ全使命の一部が残っています。 今、それを成就するために霊界から指揮しているところです。 忘れてならないのは、イエスという一人物を崇(あが)めるのは間違いだということです。崇拝の対象とすべきものは大霊のみであって、その大霊の使者を崇(あが)めてはいけません。 またイエスは、自然法則にのっとって地上界へ降誕してきました。 自然法則を無視して物的生命を授かることはできません。法則を無視して地上へ生まれてくることも、地上界から私たちの世界へ来ることもできません。
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248 :癒されたい名無しさん[sage]:2012/09/07(金) 05:38:32.76 ID:nfUucuig - Q.そのことを、イエスは聖書のどこかで言っていますか?
A.私が訴えるのは大霊の法則のみです。 何かというと言葉の松葉杖にすがるような人は、大霊が今も働いている、今もインスピレーションを地上の人間に届けてくださっている、今も真理を啓示してくださっているということを悟るまで、霊性の進化を待つしかありません。 霊的法則は、今でも同じように働いているのです。霊的エネルギーは、今でも霊媒を通して働くことができるのです。あの聖書の時代と同じように、大霊の道具となることができるのです。 聖書は、立派な本かもしれませんが、もっと立派な“本”があります。大宇宙そのものです。 大霊の摂理で構成されており、その本からみなさんは、他のいかなる本――それがいかに立派で、いかに大切にされ、いかに崇められていても、それよりはるかに多くのことを学ぶことができます。
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249 :癒されたい名無しさん[sage]:2012/09/07(金) 05:40:50.42 ID:nfUucuig - Q.オウム事件の死刑囚たちは死後どうなりますか?
A.@ 「ご想像がつくと思いますが、彼は今のところ、非常に感情的になっておられます。まさかと思った最期でしたから、感情的になるなという方が無理です。とても無理な話です」 オベロン「今どうしているのでしょう? どういうところにいるのでしょうか。元気なのでしょうか」 「このたびの事故は、そちらとこちらの二人の人間にとって、よほどのショックだったようですな。 まだ今のところ調整ができておりません。あれだけの事故であれば、無理もないでしょうね」 「わたしとしては、若いフィアンセが、あなたの身近にいらっしゃることをお教えすることが、精一杯あなたの力になってあげることです。 彼は今のところ何もできずにおります。ただお側に立っておられるだけです。」 「あなたにとって理解しがたいのは、多分、あなたのフィアンセが今はこちらの世界へ来られ、あなたはそちらの世界にいるのに、精神的にはわたしよりもあなたの方が身近な存在だということでしょう。 おわかりになりますか。 彼にとっては、霊的なことよりも地上のことの方が気がかりなのです。 問題は、彼が霊的なことについて何も知らずにこちらへ来たということです。一度も意識にのぼったことがなかったのです。 でも、今では、こうした形であなたが会いに来てくれることで、彼も、あなたが想像する以上に助かっております。 大半の人間が死を最期と考え、こちらへ来てからも記憶の幻影の中でのみ暮らして、実在を知りません。 その点あなたのフィアンセは、こうして最愛のあなたに近づくチャンスを与えられ、あなたも、まわりに悲しみの情の壁をこしらえずにすんでおられる。そのことを彼はとても感謝しておられますよ」 オベロン「死ぬ時は苦しがったのでしょうか」 「いえ、何も感じておられません。不意の出来事だったからです。事故のことはお聞きになられたのでしょ?」 オベロン「はい」 「一瞬の閃光のうちに終わりました」 「本当にあっという間の出来事でした。それだけに、長い休養期間が必要なのです」 オベロン「どれくらい掛かるのでしょうか」 「そういうご質問には、お答えするのがとても難しいのです。と申しますのは、わたしたちの世界では、地上のように時間で計るということをしないのです。 でも、どのみち普通の死に方をした人よりは長く掛かります。急激な死に方をした人はみな、ショックを伴っているからです。 いつまでも続くわけではありませんが、ショックはショックです。 もともと霊は、肉体からそういう離れ方をすべきではないからです。そこで調整が必要となるのです」 オベロン「彼は今しあわせと言えるでしょうか。大丈夫でしょうか」 「しあわせとは申せません。彼にとって霊界は精神的に居心地がよくないからです。 地上に戻って、あなたといっしょになりたいという気持の方が強いのです。それだけに、あなたの精神的援助が必要ですし、彼自身の方でも自覚が必要です。 これは過渡的な状態であり、彼の場合は大丈夫です。 霊的な危害が及ぶ心配がありませんし、そのうち調整がなされることでしょう。 宇宙を創造なさった大霊は、愛に満ちた存在です。 わたしたち一人一人に存在を与えてくださったその愛の力を信頼して、何事もなるべくしてそうなっているのだということを知らなくてはなりません。 今は理解できないことも、そのうち明らかになる機会が訪れます。 決して口先で適当なことを言っているのではありません。現実にそうだから、そう申し上げているのです。 あなたはまだ人生を物質の目でごらんになっていますが、永遠なるものは、地上の尺度では正しい価値は計れません。 そのうち正しい視野をお持ちになることでしょうが、本当に大事なもの――生命・愛・本当の自分、こうしたものはいつまでも存在し続けます。 死は生命に対しても、愛に対しても、まったく無力なのです」
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250 :癒されたい名無しさん[sage]:2012/09/07(金) 05:42:03.85 ID:nfUucuig - A
いかなる霊にとりても、急激にそして不自然に肉体より切り離されることは感心せぬ。 われらが死刑を愚かにして野蛮なる行為であるとする理由もそこにある。 死後の存続と進化についての無知が未開人のそれに等しいが故に野蛮であり、未熟なる霊を怨念に燃えさせたまま肉体より離れさせさらに大きな悪行に駆り立てる結果となっているが故に愚かと言うのである。 そなたらはみずから定めた道徳的並びに社会的法律に違反せる者の取り扱いにおいてあまりに盲目的であり無知である。 幼稚にして低俗なる魂が道徳を犯す。あるいは律法を犯す。するとそなたらはすぐにその悪行の道を封じる手段に出る。 本来ならばその者を悪の力の影響から切り離し、罪悪との交わりを断ち切らせ、 聖純なる霊力の影響下に置くことによって徐々に徳育を施すべきところを、人間はすぐに彼らを牢獄に閉じ込める。 そこには彼と同じ違反者が群がり、陰湿なる邪念に燃えている。 それのみか、霊界の未熟なる邪霊までもそこにたむろし、双方の邪念と怨恨とによって、まさに巣窟と化している。 何たる無分別! 何たる近視眼! 何たる愚行! その巣窟にわれらが入ろうにも到底入ることを得ぬ。神の使者はただ茫然として立ちすくむのみである。 そうして、人間の無知と愚行の産物たる悪の集団(人間と霊の)を目(ま)のあたりにして悲しみの涙を流す。 そなたらが犯す罪の心は所詮癒せぬものと諦めるのも不思議ではない。 何となればそなたら自らが罪の道に堕ちる者を手ぐすね引いて待ちうける悪霊にまざまざと利用されているからである。 いかに多くの人間が自ら求めて、あるいは無知から、悪霊の虜(とりこ)にされ、冷酷なる心のまま牢獄より霊界へ送り込まれているか、そなたらは知らぬし、知り得ぬことでもあろう。 罪人は訓え導いてやらねばならぬ。罰するのはよい。われらの世界でも処罰はする。 が、それは犯せる罪がいかに己自身を汚し、いかに進歩を遅らせているかを悟らせるための一種の見せしめであらねばならぬ。 神の摂理に忠実に生きる者たちの中に彼らを置き、罪を償い、真理の泉にて魂を潤すことを体験させてやらねばならぬ。 そこには神の使者が大挙して訪れ、その努力を援助し、暖かき霊波を注ぎ込んでくれることであろう。 然るにそなたらは罪人を寄せ集め、手を施す術(すべ)なき者として牢に閉じ込めてしまう。 その後、さらに意地悪く、残酷に、そして愚か極まる方法にて処罰する。かくの如き扱いを受けし者は、刑期を終えて社会に復したのちも繰り返し罪を犯す。 そしてついに最後の、そして最も愚かなる手段に訴えるべき罪人の名簿に書き加えられる。 即ち死刑囚とされ、やがて斬首される。心は汚れ果て、堕落しきり、肉欲のみの、しかも無知なる彼らは、その瞬間、怒りと憎悪と復讐心に燃えて霊界へ来る。 それまでは肉体という足枷(あしかせ)があった。が、今その足枷から放たれた彼らは、その燃えさかる悪魔の如き邪念に駆られて暴れまわるのである。 人間は何も知らぬ! 何も知らぬ! 己の為すことがいかに愚かであるか一向に知らぬ。己こそ最大の敵であることを知らぬ。 神とわれらと、そしてわれらに協力せる人間を邪魔せんとする敵を利することになっていることを知らぬ。 知らぬと同様に、愚かさの極みである。邪霊がほくそえむようなことに、あたら努力を傾けている。凶悪人から身体的生命を奪う。単なる過ちを犯したに過ぎぬ者に復讐的刑罰を与える。 厚顔にも、法の名のもとに流血の権利を勝手に正当化している。断じて間違いである。 しかも、かくして傷つけられし霊が霊界より復讐に出ることをそなたらは知らぬ。 神の優しさと慈悲――堕落せる霊を罪悪と憤怒の谷間より救い出し、聖純と善性の進歩の道へ導かんとして、われら使者を通じて発揮される神の根本的原理の働きを知らねばならぬ。 右の如き行為を続けるのは神の存在を皆目知らぬが故である。
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