- 臨場感を凌駕(ryのガイドライン子育て3人目
338 :水先案名無い人[]:2020/03/26(木) 22:26:27.17 ID:473Z5S/c0 - …湖北省、武漢ふれあいの森。此の場所は今、そう呼ばれている。
嘗て此処は、コロナウィルスの震源地だった。地元住民は其のマイナスイメージを嫌がった。 其処で中国共産党は対策として、名前を変えることにした。 コロナウィルスのイメージが定着したその名前を、もっと馴染みやすい名前に変えたのだ。 武漢ふれあいの森。申し訳程度に遊歩道を整備し、周辺区画を開発もした。 御得意の胡麻化しだ。陰惨なものの名前を、口当たりの良いものに変える。 彼等はそうやって、何もかもを胡麻化してきた。自らの都合のいいように。 今でも此処はコロナウィルスに侵されている。政府も地元住民も、最早此の土地を見捨てた。 廃墟と化した開発区画を抜け、誰も居ない「ふれあいの森」から奥地に入り、人々は此の場所で肺炎で逝く。 年に2回、初冬と初夏に、政府が遺体や遺骨を回収する。だが引き取り手は殆ど見付からないという。 引き取り手が居ない場合、遺書は其の儘焼却処分される。 私は其れ等を政府のサイトに公開し、光を当てる可きだと提案した事が在るが、議論する迄も無く却下された。 プライバシーの問題で、本人の権利を侵害して仕舞うらしい。個人名等を伏せるとしても、矢張り駄目だという。 光を当てずに、どんな権利を保障するというのか?彼等の最後の声さえ葬って、他に何を認めようというのか? そう、結局は何も認めてはいないのだ。只…只、捨てられていくだけなのだ。 声は、確かに此処に在る。 だからこそ、私は拾い上げていこうと思う。此の声を。 此れは、歴史に出逢う旅だ。社会が聞き届けようとせず、 或いは黙殺して捨てようとする声を、私が拾い上げ、光を当てる。 私はジャーナリストとして、此の活動に強い使命を感じている。 此の世界が今どのような姿に成って居るのか。其れを人々に伝える為の、私なりの方法なのだ。 私が、私なりに出来ること。私だからこそ、出来ること。 2050年5月2日、中国、湖北省武漢にて記録する。 アサギ・エヴァーブルー。
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