- ◆◇【広域】 鹿児島県鹿児島市スレ30◇◆
688 :夕読みは鹿児島の伝統[]:2022/05/09(月) 07:20:02.36 ID:RIqkQWXW - 昨夕はこれを読んだ
かの上人、これをみて、更にうつゝともおぼえず、魔縁のへむずるかと思けれども、 ちかくたちよりて、少人にとひたてまつるやう、 「抑、いまだ夜のふかく 候そうろう に、かゝる山野に只一人たゝずみ 御坐おわす 御事、 たゞごとならずおぼえ候。いかなる人にて御坐し候ぞ」 と申に、人答ていはく、 「 童わらべ はこれ、東大寺の辺に候しが、 聊いささか 、此程、師匠をうらみたてまつりて、 夜をこめて足にまかせて、 罷出まかりい で候なり。 抑、君は 何いか なるところに御坐候ぞ。 且かつ は、僧徒の情はさる事にてこそ候へ、 あはれ、ぐし連れ御坐て、 中童子ちゅうどうじにも 召仕めしつかわ せ給ひ候へかし、 たのみたてまつらばや」 と申されければ、かの僧悦びて申す様、 「定めて子細御坐らむ。是非の子細をば、暫く 閣おき て、やがて御共申すべし」 とて、我が宿坊 へ相具したてまつりて下向しけり。 泣くなく、さてあるべきにあらねば、入棺す。遺言まかせて持仏堂に置きて、 仏事をこたりなし。近里遠山の 大衆だいしゅ 集ひて、今、 此の“法花経”を一日の中に書きたてまつり供養して、彼の菩提に 廻向えこう す。 供養の説法果てしかば、彼の上人思ひのあまりに、棺の蓋をひらきて見給へば、 栴檀沈水せんだんじんすい の異香、 普あまね く室内に薫ず。 昔の 蘭麝らんじゃの粧を改めて、 金色こんじき の十一面観音と現ず。 青蓮しょうれん の御眼あざやかに、 丹果たんか の 脣くちびる厳して、 咲えみ を含み、 迦陵かりょう の 御音ぎょおん をいたして上人に告げて云ふ、 「我、是、 人間じんかんの物にはあらず。普陀落世界の主、大聖観自在尊と云ふ、 我が身、是也。 暫く 有縁うえん の衆生を度せむがために、 初瀬山はせやま の 尾上おのえ の麓にすみ給へり。 汝が多年の参詣懇切に思へば、我三十三応 の中には 童男どうなん の形を現じて、 契りを二世にむすばしむ。 今七年といはむ秋八月十五日には、必ず汝が迎へに来たるべし。再会を極楽の 九品くほん の 蓮臺れんだい *9) にこすべし」 とて、光を放ちて電光のごとく虚空に上り、紫雲の中に隠れ給ひき。
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