- 信長の野望で過大過小されている武将86人目
724 :名無し曰く、[sage]:2011/01/22(土) 11:05:53 ID:K5kZp40Y - むむむ
|
- 三國志で過大過小評価されている武将 三十三人目
916 :名無し曰く、[sage]:2011/01/22(土) 11:36:22 ID:K5kZp40Y - 白馬戦に関しては>>897、>>900に同意
一旦会戦に勝って白馬を占拠し、住民の移住まで行ってるんだから 郭図が曹操軍を破って撤退とかいう感じじゃない 文醜を討ち取ったのも白馬戦の後、輜重隊を囮に敵を大破する余裕まである
|
- 三國志で過大過小評価されている武将 三十三人目
920 :名無し曰く、[sage]:2011/01/22(土) 21:33:55 ID:K5kZp40Y - >普通に考えて白馬を袁紹の手に渡すのは敗北と同様
なぜこうも記述に無いことを断言できるか分からん 普通に考えてというより君の考えだろ 多勢に無勢だと判断しての撤退だとしても実際に会戦で負けての敗北とは限らんし あと文醜を討ち取ったのは白馬から撤退した後だぞ 顔良戦から陽武での敗戦までは曹操も多少袁紹を嘗めてかかってたのかもしれないし 逆に白馬では守りきれないから敵の士気を下げて住民を救出しただけで良しとしたのかもしれない
|
- 三國志で過大過小評価されている武将 三十三人目
926 :名無し曰く、[sage]:2011/01/22(土) 23:33:49 ID:K5kZp40Y - >>923
油断っつーか、兵数が同程度なら野戦での優位な一面はあったと思うし 曹操自身それを感じてても不思議じゃないと思う 祖授も「北方は数は多いが兵の勇敢さと精鋭さでは南方(曹操)に敵わない」と言ってるし 袁紹と曹操との戦術的な将器の差もあっただろう 実際袁紹が戦術方針転換するまでは別働隊を派遣するたびに完膚なきまで大破されてる @しかし袁紹がそういう野戦での敗戦に懲りて 圧倒的物量差を利用して経費と手間度外視で陣を築きながら少しずつ進軍する戦法に出る A野戦での優位が無くなり、袁紹本隊に奇襲、奇策で打撃を与えるのが難しくなり 本格的にピンチに陥る B兵糧部隊に攻撃に切り替え、それが成功し袁紹の輜重に大打撃を与える C曹操の兵糧が尽きかけるが、袁紹の兵糧も危なくなり急遽大輸送を行う という流れだと推測してる
|
- 三國志で過大過小評価されている武将 三十三人目
928 :名無し曰く、[sage]:2011/01/22(土) 23:45:02 ID:K5kZp40Y - >>924
もともと圧倒的物量差があったからそれがそこまでが限界だったと言うだけだろ 曹操本隊が白馬に籠城して死守すれば良かったのか? 白馬がどんな堅城かも分からないのに?
|
- 三國志で過大過小評価されている武将 三十三人目
931 :名無し曰く、[sage]:2011/01/22(土) 23:57:51 ID:K5kZp40Y - >>930
>>926をよく読んでくれ 同程度ならっていうのは「同程度なら確実に勝てる」というくらいに 野戦での実力に差があると言う意味、理由は兵の質や将の人材面 曹操の方が兵数が不利なのは当たり前だ
|