- ドラクエ3 〜そしてツンデレへ〜 Level14
134 :堕壱 ◆stOzyk04Oc []:2012/03/09(金) 17:30:10.15 ID:RzIxtv8A0 - 夜の帳が下りる。
それは言葉の通り人々の舞台の休幕を意味し、魔物の世界の訪れを告げていた。 そんな時刻、闇を更に濃く塗り込める鬱蒼とした森のなかで、多少なりと開けた場所に用意した魔物避けの焚き火を瞳に映しながら、少年は座っていた 幼さと逞しさが入り混じる年頃にあって、顔付きは年相応と見える。 しかしながら彼を只の家出少年と見なす者は恐らくいないだろう。 そういった解釈をするには、少年の体躯はあまりにも現実的に鍛えられていたし、 この闇にも呑まれることなく浮かび上がった灰白の頭髪が、否が応にも彼の歩んできた過去を想像させたからだ。 小気味良く燃える火のおかげで暖はとれるものの、元が湿った森の地面である。 常人には決して居心地が良いとはいえないが、少年は気にしなかった。 町や村の外では腰を落ち着けられるというだけで充分であり、それ以外の機能を比較する考えを少年は持たなかったからである。 その態度は、少年がそれだけこの生活に慣れていることの証でもあった。 辺りには枝が燃え弾ける音と、地虫の鳴き声以外に音はない。幸いにして今夜は月もある。これなら魔物の接近を許し過ぎることもないだろう。 少年は積んであった太めの枝を火に放ると、眼を閉じた。
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135 :堕壱 ◆stOzyk04Oc []:2012/03/09(金) 17:35:44.36 ID:RzIxtv8A0 - 次に彼が目を覚ましたのは、まだ太陽が姿を見せない未明のことだった。
少年は随分と火勢の弱まった焚き火に素早く枝を追加すると、 薄い眠りのなかで微かに聞こえた音の正体を探るべく、自身の呼吸をも小さくした。 全神経を集中させ、耳を澄ませる。勘違いでは、ない。 彼のいる場所から西に幾分か分け入ったあたりで、魔物の唸り声と草木を薙ぐ音がする。 彼は地面に置いてあった剣を拾い上げると、背に回し、皮のベルトで締めた。 通常の魔物は獲物を狩るときに音を立てない。 だが、その魔物はすでに明らかな興奮状態にある。 つまり状況は、単なる狩りでなく、すでに戦いへと変化しているのだ。 彼は小さく舌を打つと、置いてあった荷物を腰帯に括り付けた。 戦いの行方がどうであれ、興奮状態の魔物は相手にしたくない。 冷静な判断を失った相手を撃退するには大体が力任せにならざるを得ないし、その攻防はこの森では目立ち過ぎるのだ。まず不毛な戦いの連続になるだろう。 彼が再び燃え盛り始めた焚き火を処理し、早くこの場を離れようとした直後だった。 魔物とは違う声が耳に届いた。 苦々しく呟き、彼は声のした方角へと駆け出す。 それは休幕した世界の声であり、夜の世界に相応しくない声であった――。 ―。
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136 :堕壱 ◆stOzyk04Oc []:2012/03/09(金) 17:41:11.08 ID:RzIxtv8A0 -
いわゆる野生の獣が放つ威嚇音というのは、その響きからして、大地を震わせるが如く、大気を突き刺すが如くに発せられる。 互いの生命の危険を可能な限り排除するために、互いに利益の少ないことを語ろうとする。 無論交渉が決裂することは珍しくない、しかしそれでも獣達は、其処に確かな生への敬意を感じ、その牙と爪で血が流れる前に語り合う。 それは、生者としての取り決めでもあるのだ。 だからこそ、その手の交渉は、彼等にとって全く通用しないだろうと少女は思った。 世界の終わりの体現者、この骸の魔物達には生への嫉妬はあっても敬意はない。 ときに頭蓋を砕かれ、ときに手足を失って、この森に打ち捨てられた者達。 そういった葬られ方をした死者は魔の力に染まりやすい、そして、人を襲う。 少女は腰元の麻袋から聖水の小瓶を取り出すと、自分を囲むようにしてぐるりと地面へ振りまいた。 穏やかな弱光を放つ聖水の結界により、骸骨達の歩みが少女の数歩手前で止まる。 「ォおおおおオオ……」 通風音に、そのまま怨念を纏わせたように重い呻きが、骸骨達の身体から響く。 これでしばらくは近付けないはずだ、少女は空瓶をしまいながら考える。 聖水の残りはそれほどない、このままでは時間とともに更に追い込まれてしまうだろう。 かといって、この森の中を太陽が昇るまで逃げるのも良策ではない、と少女は思った。 いくら月があるとはいえ、少女にとっては不慣れな森である。単純な逃走劇など現実的ではない。 とにかく考えろ、考えるのだ。 此の場を切り抜ける方法を。
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137 :堕壱 ◆stOzyk04Oc []:2012/03/09(金) 17:44:10.04 ID:RzIxtv8A0 - 結界に阻まれた骸骨達が、焦れるように足元の雑草を少女に向かって投げつける。
これといって武器を持たない彼等は、接近を防ぎさえすればほぼ無力化するのだ。 「無駄よ。少なくとも四半刻は聖水の効力は消えはしない」 少女は飛来する草や土を煩そうに払いつつも、内心で安堵した。 周辺に石や果実といった投擲物が見当たらなかったからである。 もしそれを武器に使われていたら対応出来なかったかもしれない、まだまだ判断能力が不十分だ。 自戒しつつ、少女が改めて方策に考えを巡らせようとしたときだった。 突如、骸骨達が進行を始めた。 「どうしてッ……!」 少女が驚愕の声を上げている隙に、骸骨達が距離を縮める。新たな聖水を取り出す時間がない。 正面の骸骨が振り下ろす腕を咄嗟に交わしたものの、少女はバランスを崩して地面に倒れ込んだ。 結界が突破された衝撃に惑わされたまま、頭上で振り上げられた白骨の拳を少女は見つめる。 こんなところで自分は終わるのか――。 少女が眼を閉じる。 頭部へ拳が振り下ろされる。 一撃のもとに気絶した少女の身体に骸骨達が貪りつく。 肉が裂ける。 そうして志半ばにして倒れた少女もまた――。
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138 :堕壱 ◆stOzyk04Oc []:2012/03/09(金) 17:46:46.80 ID:RzIxtv8A0 - しかし、いくら経っても、再び拳が振り下ろされることはなかった。
少女が異変に眼を開いたとき、其処にいたのは一人の少年だった。 夜空に浮かぶ黄金の月、その影のような灰白の髪を持つ少年が、少女と拳を振り下ろそうとした骸骨の間に、立っていた。 「俺はシイナ。傭兵だ」 シイナは少女に振り向かず、短く言った。呆気にとられたまま少女はその後姿を眺める。青藍の厚衣、なめし皮の靴、極一般的な旅装だ。 「おいあんた、どうする?」 その問い掛けで、やっと目醒めたかのように少女は声をあげた。 「ど、どうするって……」 「だから、助けたほうがいいのかって、聞いてんだっ」 少年は銅の剣を水平にして骸骨に轡を噛ませていたが、語気を荒げると同時に骸骨の腰骨を思い切り蹴り付けた。 対峙していた骸骨がよろめきながら後退し、取り巻きの骸骨達が苛つくように骨をがしゃがしゃと打ち鳴らす。 「おい、早く答えろよ。助けなくてもいいなら俺は行くぞ」 少年の口調に、少女は半ば気圧されるように答えた。 「……た、助けて」 「了解、契約成立だ」 少年は剣を構え直す。月が少年の白髪と、骨の白とを照らす。 少女はその入り乱れる様を、ただぼんやりと、後ろから眺めていた――。
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139 :堕壱 ◆stOzyk04Oc []:2012/03/09(金) 17:49:32.23 ID:RzIxtv8A0 - 広場に戻ると、幸運にも火種と薪がまだ残っていたので、シイナはそれを新たな焚き火にして腰を下ろした。
小型だが問題ない、今に空が白む時刻だとシイナは思った。 朝になれば骸骨共に気を払わずに済む、奴等はあくまでも夜の住人だからだ。 「さて、と」 シイナは焚き火を挟んで向かいに少女を座らせた。 泥で汚れた淡黄のローブに身を包み、長い睫毛を地面へ落としている。 シイナの位置から表情までは伺えなかったが、揺らめく火を見て落ち着いたのだろう、先程と比べれば幾分血の気が戻って見えた。 「まず仕事の話をしようか」 シイナは労わりなど不要といった口調で、簡潔に述べた。 少女が、大きな瞳をシイナに向ける。 「初めにも言ったが、俺は傭兵だ。んで依頼の通りにあの骸骨共からあんたを……」 其処まで喋って初めて、シイナはまだ少女の名前を知らないことに気付いた。 紹介と戦いが、通常とは逆の順序で訪れたため、頭から抜け落ちてしまっていたのだ。 「そういや、名前は?」 少女は逡巡するように視線を逸らしたあと、向き直って答えた。 「名前は、カナリア」 カナリアの声は、名前とは裏腹に抑制が効いていて、辺りに凛と響いた。
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140 :堕壱 ◆stOzyk04Oc []:2012/03/09(金) 17:52:35.96 ID:RzIxtv8A0 - 「カナリア?」
シイナは思わず復唱した。 大きな理由はない、少女の髪色が金糸雀というより寧ろスライムベスの橙に近いことが、何となく可笑しかったのだ。 声質も外見も、金糸雀には随分と当てはまらない。 カナリアが訝しむ顔をしたので、彼は慌てて言葉を続けた。 「いや何でもねぇ。じゃあカナリア、早速だが報酬を頂く」 「……報酬?」 言葉を解読するように、今度はカナリアが繰り返して呟く。 「そうだ、何度もいうが俺は傭兵なんだ。無料での人助けなんて絶対しねぇ。必ず対価を頂く」 シイナは当然のように右手を広げてカナリアに突き出した。 「だから礼も要らねぇ、あれは傭兵としての仕事だからな。俺が要るのは働きに応じた金だけだ」 カナリアは息を詰まらせて、シイナの顔を眺めた。とても冗談を言っているようには見えない。 「まぁ200Gってとこだな。状況が状況だったから事後設定になっちまって悪いが、良心的だろ?」 「……200G」 200Gといえば、一般的な夫婦が七日は贅沢に飲み食いしても足りるくらいの金額だ。 傭兵の契約金の基準がどれくらいなのかカナリアには分からなかったが、少なくとも普通の人間が町の外に持ち歩くような額でないのは確かである。
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141 :堕壱 ◆stOzyk04Oc []:2012/03/09(金) 17:55:07.58 ID:RzIxtv8A0 - 「ああ、怪我があるなら報告してくれよな。契約後のものなら保障対象として割引くぜ。単純な値段の交渉は一切受け付けねぇが」
そしてカナリアは、シイナの何処までも直接的な態度から、実際には今も安全な状況ではないのだということを理解した。 傭兵は、金の為なら誇りをも捨てて仕事をすると聞いたことがある。 彼等の行動には第一に金儲けがある、いや、正確にはそれ以外にないのだ。 多くの人間が判断の基軸とする道徳や倫理、そして正義に、彼等は価値を見出さない。 彼等はそれが金儲けに繋がらないことを知っているし、ならば自分達には不必要なものだと決めつけている。 ときに正義漢のような振る舞いをすることがあっても、その背後には必ず金がある。 彼等はそれほどまでに金を信奉する人種なのだ。 だから、金銭が絡んだときの彼等は、異常なほど冷酷な行動を取ることがあるとカナリアは聞いていた。 契約内容の履行に対して、自分に報酬を支払う能力がないと知れば、どんな手段を取るのだろうかと想像しただけで、カナリアの背筋は冷たくなった。 「もしも」 カナリアはシイナを注視しつつ、ゆっくりと尋ねた。 「もしもお金がなかったら?」 そして言葉を発しながら、この位置取りは役に立つと思った。 咄嗟には腕を伸ばせないし、焚き火を蹴り上げてやれば逃げ出すだけの隙もつくれる。
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142 :堕壱 ◆stOzyk04Oc []:2012/03/09(金) 17:57:15.98 ID:RzIxtv8A0 -
「金がなかったら、だと?」 シイナが事務的に繰り返す。 その口調に、驚きは窺えない。 やはり元より普通なら支払い不能だと分かっているのだ。 分かっていて自分に吹っかけているのだ。 カナリアはシイナから見えないよう慎重に右手に土を握り込んだ。 「文無しかよ。だったら――」 シイナがその腰を浮かせたので、咄嗟にカナリアが右手を振り上げたときだった。 動作を予知していたようにシイナが一足飛びでカナリアの眼前に着地し、彼女を横に引き倒した。 完全な先手に全く対応出来ず、カナリアは悲鳴を上げて地面へと転がる。 その動きはカナリアの想像よりも遥かに素早く、躊躇いがなかった。 やはり未だ安心出来る状況ではなかったのだ。 彼女の心を、敗北感が包む。 土から漂う仄かな腐臭に、カナリアが己の運命を重ねたとき、耳を劈く金属音が夜空に打ち上げられた。
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143 :堕壱 ◆stOzyk04Oc []:2012/03/09(金) 20:49:26.73 ID:RzIxtv8A0 -
「やかましい日だな、ったく」 シイナが何時の間にか背中から剣を抜いている。 そして音の出処は、カナリアの直ぐ隣、長剣の斬撃をシイナが受け止めたことによるものだった。 強襲の主は先刻の骸骨と、外見上では目立った違いはない。 あるとすればその体配りと、得物の有無。 「死霊の騎士……!?」 カナリアは身体を起こすと、構えながら相手を見据えた。 唐突な場面展開に、必死に頭を働かせる。 「さっきの騒ぎで、この辺りの頭を起こしちまったみてーだ」 シイナは騎士との競り合いを乱暴に押し返すと、カナリアを庇うように対峙する位置を変えた。 死霊の騎士はその名の通り、生前に騎士だった者が魔力に狂わされることで動き出した存在だ。 その誕生には大量の魔力蓄積が必要なため、絶対数は少ないものの、実力を換算すれば只の骸骨に囲まれるよりも遥かに質が悪い。 シイナは当初の予想が的中してしまったことを苦く思いながらも、構えは乱さずに相手を睨みつけた。 死霊の騎士も生前の流派だろうか、柳が如くゆらりと腕を降り、剣を構える。
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144 :堕壱 ◆stOzyk04Oc []:2012/03/09(金) 20:55:22.36 ID:RzIxtv8A0 -
「これでも、喰らいなさい!」 両者の睨み合いの空気を中断するように、カナリアはシイナの背後から躍り出ると、取り出した聖水を瓶ごと死霊の騎士に投げつけた。 瓶が砕けて、加護を受けた浄水が騎士の身体を濡らす。 聖水は結界を生めるほどに清められた液体だ。 魔の力を帯びる者がそれを身体に受ければ人間で云う火傷のような怪我を負う。 骸骨との戦いでは、敵の数に対して聖水が不足していたため使えなかったが、単体相手なら効果的である。 だがカナリアの予想に反して、死霊の騎士は微動だにしなかった。 「無駄だ。こいつに聖水は効かねーよ。大人しく離れてろ」 「なぜ、効かないの……」 困惑したカナリアが後退りをする間も、両者は視線をずらさない。 騎士の亡者も、注意すべきはシイナだと理解しているのだ。 「ここの植物は、沼の毒素を溜め込んで成長してる。それこそ聖水の効力を打ち消すほどな。死霊の騎士くらいの知能があれば、人間への対策に、予め植物のエキスを身体や武器に纏っていても変じゃねぇ」 シイナはさも自明の事柄のように説明すると、ふっと息をついた。 「だから、こいつを倒すなら」 シイナは真っ直ぐに騎士との距離を詰めると、再び金属音を響かせて鍔迫り合いの格好を取った。 「力ずくしかねーんだ」
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145 :堕壱 ◆stOzyk04Oc []:2012/03/09(金) 21:00:03.61 ID:RzIxtv8A0 -
無茶だ、とカナリアは思った。 確かに骸骨を相手にしたとき、シイナは大胆な立ち回りで押し切ってしまった。 しかし、それは相手が素手だったからだ。 死霊の騎士が持っている長剣は、刃こぼれこそしているものの、恐らくは鋼だろう。 何度も銅の剣で受けられるものでは到底ない、単純に金属としての硬度が劣る。 シイナの武器が破壊されるのは時間の問題だと、カナリアが考えた矢先だった。 鈍い音がして、死霊の騎士の長剣が折れた。 その光景にカナリアが驚く暇もなく、シイナは相手を蹴倒すと、馬乗りに飛びかかった。 迷いなく剣をその髑髏の眉間に突き立て、全身の力を込めて一気に貫く。 すると、もがいていた死霊の騎士から、溶けるように力が抜けた。 「……倒した、の?」 何故、鋼に打ち勝てたのかという疑問を抱きつつも、カナリアが声を掛ける。 「いや、正確には魔力を抜いただけだ。只の亡骸には戻ったが、時間が経てば復活しちまうだろーな。僧侶がいなけりゃ供養は出来ねー」 口調は余裕そのものといった感じだったが、息を整えているところを見ると相当緊迫した対峙だったのだろう。 シイナが剣を納める姿を、カナリアは所在無げに眺めた。
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146 :堕壱 ◆stOzyk04Oc []:2012/03/09(金) 21:04:29.96 ID:RzIxtv8A0 - そうしてみると、襲撃によって一時取り除かれていた傭兵への警戒心が、時間とともに再び頭を擡げてきた。
彼は戦闘で疲労している、逃げるのは容易い。 いや、彼の所作を見る限り、今しか逃げる機会がないという方が正しいだろうか。 こうして佇んでいる間も、彼は私の始末をつける腹づもりかもしれないのだ。 ――だが、何故だろう。足が動こうとしないのは――そんなことをカナリアが思っていると、シイナの身体が不自然な方向へ泳いだ。 「……ッ!」 シイナが呻き声を上げる。 カナリアが思わず駆け寄ると、脇腹の辺りが裂け、血が流れていた。 「一矢報いる、ってか。やるじゃねーか……!」 シイナが視線をやると、地面に倒れたまま腕だけを上げていた死霊の騎士が、笑うようにかたかたと顎を鳴らした。 抜け出る魔力を振り絞って、折れた剣先を投げつけたのだろう。 亡者は糸がきれるように腕を降ろすと、完全に沈黙した。 「畜生……油断した」 「ちょっと、大丈夫!?」 カナリアが慌てて肩を貸そうとする。 出血から見て傷は深くなさそうだが、毒素を纏っていた剣だ。問題がないとは言い切れない。
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147 :堕壱 ◆stOzyk04Oc []:2012/03/09(金) 21:08:22.34 ID:RzIxtv8A0 - 「……大丈夫だ。この程度、じっとしてりゃ勝手に治る」
シイナはカナリアの肩を断って、樹木に背中を預けた。 飲料水の貯められた皮袋から、傷口に向かって水をかける。 血を流しながら観察すると、皮膚の一部が濁ったように変色している。 典型的な毒の反応だ。 一向に血が止まらないところを見ると治癒力障害を引き起こす種類のものだろう。 シイナが傷の手当について考え込んでいると、カナリアが道具袋から草束を差し出した。 それは、解毒作用のある薬草だった。 「……なんだ? もしかして、それで支払いを誤魔化すつもりじゃねーだろーな」 「別に誤魔化すつもりなんてないわよ」 「なら要らねー。これは俺が自衛の結果、ミスったんだ。だから報酬も発生しねぇ」 「そういうのじゃなくて、これは単なるお礼よ」 カナリアは草束をシイナの横に放ると、少し離れた木に同じように背中を預けた。 「お礼? 何を訳の分からねーことを」 「……今の私に支払能力はない。だから、お金が返せるまでは貴方と一緒にいるわ」 シイナの言葉を無視するように、カナリアは口早に話す。 「はッ、随分と律儀じゃねーか。自分でもなんだが、逃げるチャンスだと思うぜ?」 流石のシイナも怪我を押してまで追いかけて、取り立てようとは思わない。 それはあまりに利益の少ない行動だ。 そしてカナリア自身も、仮にいま逃げ出せば確実に逃げ切れるだろうと思う。
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148 :堕壱 ◆stOzyk04Oc []:2012/03/09(金) 21:11:41.28 ID:RzIxtv8A0 - しかし、そうしようとはしない――カナリアは自分のなかにあった暗い考えが晴れていくような気持ちだった。
そして、もしかしたら心の何処かで、最初から自分は気付いていたのかもしれないと思った。 そう、もしも此処がシイナのベースキャンプなら、自分が骸骨に襲われたときに何故彼は近くに来ていたのだろう。 例えそれが偶然だったとしても、金銭を持っているかも分からない女を、まだ契約も結んでいない無関係の女を、見捨てることは容易かったはずだ。 少なくとも彼女が知っている傭兵はそんな見込みのない行動には出ない。 そしてまた、彼が本当に金の為だけにあらゆる手段を用いる人種ならば、どうして初めから私を拘束しなかったのだろう。 どうして死霊の騎士からの襲撃を、防いでくれたのだろう。 彼は自衛の為だといった、しかしそれは真実ではないとカナリアは思った。 事実ではあるにしても、真実ではない。 何故なら、カナリアには見えていたからだ。 死霊の騎士が最後に放った攻撃が自分を狙っていたものだったことを――シイナはそれを、すんでのところで身を挺して防いでくれた。
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149 :堕壱 ◆stOzyk04Oc []:2012/03/09(金) 21:14:50.98 ID:RzIxtv8A0 -
「おい、逃げねーのかよ」 シイナが喚くように繰り返す。カナリアはそれを横目でちらりと見る。 「……いいのよ」 そう小さく答えて、膝の間に顔をうずめた。そして、それっきり黙った。 一方のシイナも、カナリアがもう喋る気がないのだということを知ると「勝手にしろ」と吐き捨て、傍らの薬草を手に取った。 薬草を両手で潰すように揉むと、独特の鼻を突きぬける匂いが湧き上がった。 葉が細かくなるまで揉み潰し、それを傷口一帯に擦り付ける。 これで解毒は問題ないだろう、血が止まれば、直に傷も塞がる。 シイナは眠ったように沈黙しているカナリアを眺めた。 膝を抱える腕が、ローブの裾から覗いている。 焚火に照らされて杏子色に染まった肌は、色こそ健康的なものの、何か予感めいたものをシイナに覚えさせた。 年齢は自分とそう変わらないだろう少女が、どうしてこんな森の中に一人だったのか。 決して豪華でない服装を見る限り、馬車での移動中に襲われて落ちたということもなさそうだが、かといって旅慣れているようにも思えない。 初めに彼女が襲われていた場所には火はなかった、一端の旅人なら真夜中に火も起こさず動くことなど有り得ない。 そこまで考えてシイナは、答えが出るものではないかと溜め息をついた。 何時の間にか空が白んでいる。 そういえば久しぶりに他人と会話した夜だったな、とシイナは心の中で呟いた。 そして、夜が明けた。
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150 :堕壱 ◆stOzyk04Oc []:2012/03/09(金) 21:21:37.43 ID:RzIxtv8A0 - はい。ということで僭越ながらプロローグを投稿させていただきました。
ちなみに今回はキーワードが全く出てきませんでしたが、一応DQ1を下地にしています。 よろしくおねがいします。
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