- ★トランス・大周天・変性意識・第三の眼★2
13 :名無しさん@お腹いっぱい。[]:2022/03/03(木) 02:27:35.28 ID:AiqvZcgj - 数息とは呼吸を数えて精神を統一することで、インドではバラモン教や仏教徒も皆じっこうしたものである。
天台の止観というのも止は凡語でシャマトハーといい、その方法は数息と随息が主要なものである。 行者が解脱して大悟徹底の境に入る修養法としても最も価値あるものだが、そんな抹香臭いことは置くとしても 健康を増進し、霊能を発揮するにおいても効果あるものだ。 数息は行うのに時間を選ばない。正座でもあぐらでもよく、椅子に座ってもいいが最もいいのは結跏。 座布団を二つに折って尻に敷く。 眠気がするようなら半眼にして眠らぬようにする 鼻から吸って鼻から吐く 吸う息吐く息に心を止め、一呼吸を一つとして十から十一、十二、十三、と段々に進んで百に達したら拇指を一つまげて また一つから百へ〜 三百、四百、五百、六百と進むにしたがって段々呼吸は静かになり、始めは呼吸の音が耳に聞こえてたのが聴こえなくなり 呼吸は次第次第に短縮して、七百、八百頃に至れば、鼻腔内数センチを行き来しているようで、この状態になれば 呼吸をしてないかの如く、体内に霧のようなものが充実し、例えば肺に故障があって気の疎通せさるものも一切諸病は排除され、 火のない寒夜でも体内はホカホカで三昧の境地に入り、自ら歓喜を覚える もっともこの状態は初回から起こるとは限らぬが、3,四日を経れば必ずなんぴとにも起こるべき減少であって、 さらに久しく継続すれば、暗夜に物が見えたり遠方の声が聞こえることもあり千里眼、千里耳、透視、透覚、予覚などの霊能が発揮され、 仏教のいわゆる天眼通、天耳通、宿命通などの神通力が現出するものである。 それは魔境でもあるから、少々の霊能くらいでうぬぼれてはいけない さて、数息は千に達すれば(時間は約一時間)一段落として止めるが、余力があれば、さらに二千三千まで試みてもよい。 さすれば短息より進んで、無息に入り、いわゆる胎息となるのである。 なおこの数息中、精神恍惚で数を忘れた時は、はじめから数えなおしてもいいし、随息といって呼吸に心を止めるだけでもよい 松本道別の人体放射能の本の数息部分をやくしてにまとめた
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