- 超能力の修得方法 弐 [無断転載禁止]©2ch.net
461 :名無しさん@お腹いっぱい。[sage]:2016/09/06(火) 15:55:58.31 ID:6UuxtoCk - 色、無色は世界の名前じゃなくて仏教の教えに出てくる例え話の一つ
今目の前にあるバナナは緑色かもしれないが、時間が経てば黄色くなり、黒くなり、やがて腐って無くなる つまり俺らが見ている色というものは、時間経過も含めた世界全体から見ればすぐに変化してしまう幻のようなものだということ 仏陀が説いたのは、仏様に祈れば不思議なことが起きて願いが叶いますよなんて教えじゃない 人の輪廻はただの原点で、それを脱出しようとして辿り着いたものが仏陀の悟り 極端な話、仏陀以外の誰かがゴキブリが嫌いで嫌いでなんとかしたくて必死に考えた結果、悟りに辿り着いた可能性だってあったかもしれない (実際にそのようにして悟った人がいる可能性も否定できない) 仏陀の教えは拘りを捨て、ありのままに物事を見、受け入れること もし仏陀式で超能力を手に入れたいなら、まず超能力が欲しいという拘りを持ってはいけないし 拘りを持ってはいけないという拘りを持ってもいけない 自然体でニュートラルであれということ 様々な修行は無意味だということは仏陀自身が身をもって証明した 仏陀は確かに、様々な修行をしたが、その無意味さに気付き修行を放棄した後、悟りに至っている じゃあ何をすればいいのかというなら、ただ目の前の現実を見て(聞くでも嗅ぐでもいい)、それについて考え続けること 無は手段ではなく結果でしかない 悟りに辿り着いていない人が頭の中身を無にしたところで何も変わらない 空想はファンタジー小説を書きたいなら有意義だが、悟りには結びつかない 例えば星空を見て、あの星は何光年ぐらい離れているのだろう、どのくらいの速さで地球から遠ざかっているのだろうあたりまでならセーフ あの星には直立した猫のような姿の異星人がいて、光の勢力と闇の勢力に分かれて超能力を使ったバトルを繰り広げているのだろうまで行くとアウト そして考える、現実を見る、考える…を繰り返すと、それまで考えていた内容とは全く関係なしに「気付く」
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