トップページ > 超能力 > 2014年11月25日 > D6HBpUVv

書き込み順位&時間帯一覧

13 位/44 ID中時間01234567891011121314151617181920212223Total
書き込み数1000000000000000000000001



使用した名前一覧書き込んだスレッド一覧
名無しさん@お腹いっぱい。
7月15日の夢を見た

書き込みレス一覧

7月15日の夢を見た
76 :名無しさん@お腹いっぱい。[sage]:2014/11/25(火) 00:09:15.52 ID:D6HBpUVv
贄 ニエ

1 神に供えるささげ物。また、天子に献上する魚や鳥などの食物。その年の新穀などを奉るのにもいう。
2 進物。贈り物。会見のときの礼物。
3 あることをするために払われる物や労力。犠牲。いけにえ。

神または天皇に供する食料品及びその制度で,魚貝・鳥獣・果実などの生鮮・加工品が中心。
語源は神と首長が新穀を共食する新嘗(にいなめ)に関係する。
ttps://kotobank.jp/word/%E8%B4%84-590985

一時上臈(一夜官女・一時女掾E一夜妻)について、民俗学の先駆者・柳田国男(1875--1962)は
「鳴尾の岡太神社、俗に“をかしの宮”と謂った社の祭りに、一時上臈といふ者が出たことは夙くから有名である。摂陽落穂集の頃(江戸後期)までは、
村民の頭屋に当たった者が女装して勤仕していたが、今日では変化して、ただ紅白を剪って作った人形を下げておくだけになった」

蜩cと同時代の民俗学者・中山太郎(1876--1947)は
「苗加を訪れた田の神は、新嘗の夜に心に適した 婦女があるとそれを近づけた。これが今の各地に残っている一夜官女又は一時女臈の原義なのである。・・・
一時女臈とは、古く女性であったのは言うまでもなく、且つそれが新嘗の夜に神に召された女性の名残をとどめてものである」
と書いている、という。
ここで、“新嘗の夜に云々”というのは、古く各地にあった、新嘗の夜に訪れる神との一夜の交わりによって御子を生むとされる“一夜官女”あるいは“
一夜妻”の神事を指し、本来女性(巫女)であるべき役割を、男性が務めるよう変化したのが当社の一時上臈だという。(以上・神と人の古代学・2012)
この神事は西宮市の重要無形文化財として指定されているが、今、どのようにおこなわれているかは不明。
ttp://www3.ocn.ne.jp/~tohara/settuk-okata.html


西宮市にある岡太神社には、大阪市西淀川区の野里住吉神社と、殆ど同じ内容の狒狒退治の伝承が伝えられています。
こちらは「西宮ふるさと民話」にて「むすめの身代わり」という話で語られています。
むすめの身代わり ttp://www.nishi.or.jp/homepage/siryo/minwa/minwa10.html

野里住吉神社で語られる話と岡太神社で語られる話は、村人から人身御供を要求するのは狒狒というのも同じですし、
その狒狒を退治したと伝えられるのは岩見重太郎というのもまた同じです。
そして、その後に行われている祭りの名称が「一時上臈(上臈とは女郎の事を指す)」というのも同じ
(野里住吉神社の「一夜官女」も「一時上臈」と呼ばれていた時期があった)です。
ttp://youkai.tou3.com/Entry/32/

今日、神戸市兵庫区の和田神社のことを調べているうちに西宮市の岡太神社に行きあたり、
岡太神社の一時上臈に調べていると、新嘗祭の生贄、一夜女官の風習に行きあたる

天皇陛下、「新嘗祭」で深夜の拝礼取りやめに
ttp://www.yomiuri.co.jp/feature/TO000304/20141121-OYT1T50111.html

宮内庁は21日、天皇陛下が23日夜から24日未明にかけて行われる宮中祭祀さいし「新嘗祭にいなめさい」で、
午後11時〜午前1時の「暁あかつきの儀」の拝礼を取りやめられると発表した。
80歳の陛下にとって、気温が下がる夜間の儀式は身体的な負担が大きいと判断した。
陛下は午後6時〜8時の「夕よいの儀」には30分間、出席される。

新嘗祭の暁の儀とは、一夜女官として犠牲に捧げられる女性の身代わりになり、男性が女性の着物をかぶって
生贄を取りに来る大蛇、または猩々を退治する意味があったと思われる
天皇陛下がこの儀式を取りやめられたのは、本当に生贄を捧げる祀りごとが終わったことの証では>>73
22日の長野北部地震は、生贄を取る大蛇、または猩々が昇華して戸隠に還ったためか?

戸隠 九頭龍社
ttp://www.zoeji.com/01meguri/01meguri-tyubu/01-tb-kuzuryu/01-tb-kuzuryu.html
九頭龍大神は、奥社の祭神・天手力男命が鎮座される前から戸隠山を治めていた神。つまり地主神ということですが、
古代においてはこのように大蛇(おろち)が山の主であった場合が多いようです。もともと「龍」とは大陸から入ってきた観念ですから、
本来は「八股のおろち」のような存在だったのでしょう。

うーん、今日一日でこれだけのことが分かってしまって鳥肌立った
新嘗祭りの暁の儀って昨日の夜じゃないか…
昨日の夜、どれだけ頑張ってもなかなか眠れなかったのはこういう意味があったのかと戦慄


※このページは、『2ちゃんねる』の書き込みを基に自動生成したものです。オリジナルはリンク先の2ちゃんねるの書き込みです。
※このサイトでオリジナルの書き込みについては対応できません。
※何か問題のある場合はメールをしてください。対応します。