- 【パチンパチン】ブラックラグーンVOL.16【バシィッ】
416 :名無しさん@ピンキー[sage]:2014/10/18(土) 18:53:45.24 ID:m94OIuCm - イエローフラッグのカウンター、二人の女が肩を並べている。
「レヴィ、最近どうよ」 「あん?何がだよエダ」 「アイツだよ、ロックと」 「ロックが何だよ」 「だーかーらー、ないの?お楽しみとかその他諸々だよ!」 「…ねえよ。てか何を期待してんだ」 「〜〜!!ロックが来て一年以上経つだろうがよ!一年前と何か変わったか?」 「ん〜…うーん…?」 「おい…まじかよ。ロックの好きな女のタイプは?趣味は?よく聞く音楽は?」 「そういう話、した事ないんだ」 「おいおい…。その調子じゃ誕生日も知らねえか。興味ないの?」 「あ…そういや、この前もうすぐ歳取るって言ってたっけな」 「いつなんだ?聞いた?」 「いや…」 「なんだよなんだよつまんねえなァ。せっかくいい機会なんだ、聞いてみるついでに好きなモンでも探ってみれば?」 「ど、どうやって?」 「どうって…天気の話するみたいに聞くんだよ」 「どのタイミングで…?」 「はあ…?いつも二人でいる時何話してるわけ?移動中とか酒場とかで。まさか、あんたのマニアックなガントークに付き合わせてるんじゃねえよな?うぷぷっ」 「し…仕事の話に決まってんだろ!飲みながら吹き出すんじゃねえ!」 「あ〜。ロックはともかく、レヴィってそんな仕事バカだったっけ?」 「う、うるせえ!」 「はいはい。聞くだけ無駄だったわ。知りたいってんなら…あたしが聞いてやろうか?」 「…お前の手なんか借りっかよ!どうせ何やかんやかこつけてせびられんのがオチって奴だ」 「おう、言うねえ!じゃあさっそく明日にでも聞いてこいよ。ま、せいぜい頑張んな」 「…おうよ」 そうは言ってみたものの、レヴィはこのサングラスのクソ尼に上手い具合に乗せられたなと、易々と返事をした事を不甲斐なく思った。 グラスに揺れるラムの透き通った琥珀色を見つめていると、ぼんやりとロックの顔が浮かんでくる。 知りたい…かもしれない。誕生日ぐらいは。聞いてみたい。ロックがこちらに来て、どれほどの月日が流れただろう。 仕事の同僚として、はたまたそれ以上の相棒として、こちら側に居続けてくれる限り、自分はロックの面目を守るつもりでいる。 それが、どれだけ先まで許されているのかは知らない。しかし、これからの日々を過ごしていくに当たって、ロックのプライベートというものに踏み込んでも、許されるんじゃなかろうか。 むしろ、もっと歩み寄ってみた方が、肩肘張らずにお互い楽になったりするんじゃなかろうか…? 「あのさァ、レヴィ…」 呼びかけられるのと同時に肘でつつかれて、レヴィはエダを睨む。 「なん…」 「指、燃えるよ?」 「っちうあっちいイイ!!!クソっあっちィなクソったれ!!バオ!水!こおり!!」 レヴィは灰の塊と化した煙草を投げ捨て、それが浮かんだアイスペールの中に手を突っ込んだ。 溶けていく氷の底で、吸い殻はやがて音もなく消えた。
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417 :軍靴のシンデレラ[sage]:2014/10/18(土) 18:59:05.74 ID:m94OIuCm - 翌日。イエローフラッグの…以下略。
昨晩と同じ光景なので省略するとしよう。 エダはグラス片手に、レヴィの不本意な結果報告に耳を傾けながら呆れている。 「…で、あんなに意気込んでた癖に聞けなかったって?ほーらそれみた事か!主の御心のように優しいあたしが手を差し伸べてやるよ。 まあ、聞くだけならちょろいンだけど、それだけじゃァつまんねェだろ?おめでとうって言うだけならあたしでも出来るぜ? だから……で…そうしてっとォ…………って寸法よ。どう?」 首を傾げてそう聞いてくるエダは、サングラスの奥の瞳を歪めている。 「…悪い顔なってんぜ?」 「なんだよ、それぐらいしてやれよ。見返りは事の顛末と飲み代だけで十分だからさ。安いモンだろ?」 「オーライ。上手く出来るんだろうな?」 「まかせとけって!これっくらいお手のモンよ」 エダはそう言うと残りの酒をくいっと呷った。 レヴィは横目で見ながら、空のグラスにバカルディを注ぐ。 小気味良い音と共にやわらかな香りが広がっていった。 「レヴィ。ところでロックはどうしたよ?まだ仕事?どっかで油でも売ってンのかよ」 昨日のあの後、エダに連れてこいと言われたロックは、勤勉な日本人らしく仕事を全部片付けたいから先に行ってて、という訳でまだここには居ない。 ベニーもダッチも帰ってしまった事務所で、一人デスクに向かう彼を見送りながら、 レヴィは急ぎの仕事なんかなかったはずだし明日でもいいじゃねェか…と一人ごちる。 エダがこうして呼びつけたのは、今日こうなる事を見越していたのかもしれないが、そう考えるとなんだか癪に障る。 …どうして自分はロックが絡んでくると平静を保っていられないんだろう。 結局聞くことが出来なかった誕生日。 いつも通り一緒に仕事をして、いつも通りに会話を交わして… その合間に織り込めば済むはずだった一言は、喉の途中で引っかかって、彼が向けるやわらかな笑顔に思わず息を飲んだ瞬間、一緒に喪失してしまった。 自分は今日、一日中挙動不審だったハズだ。 「お、ようやくお出ましだ。ヘイ!ロックー!」 エダに肩を叩かれて、レヴィが首を回すと薄暗い店内の入り口で際立って見えるホワイトカラー。 それを目で追っていると、エダが耳元で囁く。 「いいか?耳かっぽじってよーく聞いときな!メモでもする勢いでな。おさらいなんかしてやんねえぞ〜」 にやりと笑って、エダはロックをカウンターに促す。 「…バオ、紙とペン」 「あ?何すんだ一体…?」 バオは懐から取り出したペンと電話の横の紙切れをレヴィに手渡しながら、怪訝な顔をする。 サンキュ、と一言だけ答えてグラスを置いた彼女が、なぜか急にしおらしく見えて慌てて目を逸らした。 なんだなんだ!?二挺拳銃のクセに気色悪ィ顔してやがんな!?とカウンター越しからその様子を訝しんだ。
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418 :軍靴のシンデレラ[sage]:2014/10/18(土) 19:03:57.42 ID:m94OIuCm - 「…ックション!なんだろう、誰かが噂してるのか…?変なくしゃみだ…。お待たせ!思ったより仕事が進まなくって…
適当に切り上げてきたよ」 ロックは朗らかに笑いながらエダの隣に座った。 「そうだったんだ。二人して待ってたんだぜ。…何飲む?」 「そうだな…。エダは何飲んでるんだい?バーボン?俺は…レヴィと同じやつ貰おうかな」 バオから受け取ったグラスに酒を注ぐと、口に含み喉を鳴らした。 「そういやさァ、ふと気になったンだけど…ロックって今いくつなんだっけ?」 「えっと…こっちに来て一年経って…もうすぐ歳を取るから今……」 「へえ〜、若く見えるよね。耳タコって?ハハ、やっぱり!ってか…もうすぐって事は誕生日近いんだ」 「8月21日なんだ。早いなあ…しみじみそう感じるよ。日本に居た頃はさ、一日がとても長くて… 休日明けの月曜でもう次の週末の事考えてたんだ。そうでもしないとやってられなかったよ。今は一日一日が目まぐるしい。この街がこんなに刺激的だったなんてね」 「21日ってえと…もうすぐじゃないか。そんな事ならもっと早くに知っておくべきだったな…。何か贈るよ。何がいい?」 「え!?いや、いいんだエダ。なんだか気を遣わせちゃったね…その気持ちだけでもとても有り難いよ」 「遠慮する事ないさ、あんたのめでたい日を祝いたいって純粋にそう思ってンだから。 ん〜でもそういう所、日本人らしいっちゃらしいよね」 「ハハハ、遠慮は美徳って所だろ?そういうのどうしても抜けないんだ。海外出張の時よく言われたよ、相手は日本人じゃないんだから遠慮してかかるな!ってね」 「そうさ、この街で遠慮しても損なだけ。欲しいものってないの?何でもいいから言ってみな」 「欲しいものね…う〜ん…そうだな…思いつかない…特にないんだ、エダ」 「無い!?まじかよ…。んじゃあ…こんなのは? 無数のキャンドルの灯りの中、祝福の聖歌を歌いながらお互い生まれたままの姿で幻想的な一夜を過ごす…っていう、カトリック様式でお祝いしてやろうか?」 「うーん。とても魅力的だと思うんだけど、無宗教だから遠慮しとくよ。エダってアメリカンパーティの派手で賑やかなのが好きそうに見えるけど…?」 「コスプレして花火して騒ぐの?嫌いじゃないよ。お望みならポンポン持って本場のチアダンスなんてどう?トニー・バジル流してくれたらお手のもんだぜ」 「見てみたい気もするけど、そこまでしてくれるのは逆に気が引けるなあ…。 あ!何か頼んでくれないと気が済まないって顔してるね、エダ」 カウンターに肘をついて首を傾げながら眺めてくるエダに向かって、ロックは苦笑した。 飲んでいたグラスを置いて、煙草に火をつけたところでふと思い出す。 「ああ、そうだ!強いて言うならマイルドセブンかな」 「マイルドセブン?何それ」 ロックは手元のソフトパッケージを見せる。 エダはそれを覗き込むようにして見つめた。 「ローカルメイドの煙草なんだけど、日本に行ったついでに調達したのがもうなくっなっちゃって。これで最後なんだ。 …市場で似たようなのを見つけて試しに買った事があったんだけどね、パチモンでさ。綺麗な色の煙が出たよ」 そういうとロックは目を細め、味わうようにして紫煙をふかした。 「ふうん、わかった。そんなんでいいってンならお安いご用さ。まあ…期待しときな」 エダのサングラスは、遠慮がちに笑うロックを映して黒光りしている。 「ところで…エダはいつなんだい?忘れないうちに聞いておくよ」 「へ?あたし?いや…見返りが欲しい訳じゃないんだ。それに年齢に一喜一憂するティーンでもないしね〜。ふふ」 笑顔であしらわれれば、もうそれ以上は聞くまいとロックは口をつぐんで、再びグラスを呷った。
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419 :軍靴のシンデレラ[sage]:2014/10/18(土) 19:07:35.06 ID:m94OIuCm - 「…で、何やってんの。エテ公」
エダがレヴィの方へ向き直ると、ペンを持つ手を止めて、きょとんとした顔で答える。 「何って…メモってんだよ」 その瞬間、エダは吹き出さざるを得なかった。 「メ…メモってっ…ひひっ…もしかして…さっきの会話… ひっくっ一文一句…ぷぷっわざわざ…ご丁寧にっくくっ…書いてたって事かよ!?ふひゃははははは!!」 エダは腹を抱えて肩を揺らしながら、笑いが止まらないといった様子。 「なっ!?メモれって言ったのお前だろ!?バオも背中で笑ってんじゃねえぞ!!」 「バカっ…モノの例えだろうが…ひひっそれぐらい分かれって… くくっ真面目くさってメモってんじゃねえ…ぷぷっサイコーだよお前っ…やっぱバカ…ひっはははは!!腹いてェ!!」 カウンターに突っ伏して最早壊れたように笑い続けるエダに、状況を理解して笑い声を重ねるバオ。 じわじわと顔が熱くなってそれと同時に混み上がる怒りを、レヴィは二人にぶつけようとするのだが、ロックの視線を感じて狼狽してしまう。 「バ、バ、バカ野郎クソったれ!!っテッメーのインチキトーク誰が参考にするってんだよ!!ああアホくせェ笑い死んじまえ!! 行こうぜロック!やってられるかよ!!」 「えっ!?レ、レヴィ?ええ!?」 たっぷりと走り書きのなされた紙を急いで丸めて、壁に向かってぶつけるレヴィ。 訳がわからず呆然としているロックを引っ張ると勢いよく出て行ってしまった。 「…エダ。笑いが過ぎてんぜ」 「…人の事言える顔かよ。バオ」 エダは伏せていた顔を上げるが、笑いの波に打ちひしがれた余韻を残し、ひっくひっくと震えている。 サングラスを取って縁に付いた涙を拭うと、掛け直して一呼吸置いた。 「あ〜。サタデーナイトライブの下手なパロディより傑作だったわ…。あの山猿のいじらしい所も堪能した事だし…。賭けようぜ、バオ」 エダの含みを持たせた表情は、ダウンライトの光を反射して艶光りするサングラスのせいで怪しさが増していた。 まーたロクでもねえ事考えてやがんな、とバオは思う。このシスターはあの二人の仲に目がない。 「何について賭けるつもりだ?」 「ああ。じれったい二人の結末だよ。気になる男女が二人っきりで祝う誕生日、やる事といったら一つしかないだろ?」 「ああ、しかしそう上手くいくか?あの二挺拳銃だぜ?両脇の鉛弾をいつ何時もぶち込みたいって女だ。 あれは、ホワイトハウスのお偉方がスピーチを垂れ流してる真最中でも、喝采を待たずに痺れを切らしてドンパチやるタイプだぜ。 アイツにはムードもクソもねえよ」 「まァそうだけど!そこをどうにかすンのが楽しいのさ。いくら賭ける?」
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420 :軍靴のシンデレラ[sage]:2014/10/18(土) 19:11:36.39 ID:m94OIuCm - それから後日。
その晩、レヴィは仕事から上がると暴力教会へ赴いていた。 宿舎にある彼女の部屋に入るなり、レヴィは一言。 「何やってんだ?」 エダは向かいのソファに寝そべって、ほっそりした脚を持ち上げている。 脚線に沿ってしきりに手を滑らせていた。 因みに、胸から膝丈までのキャミソール風の下着姿である。 「ああ、レヴィ」と言って碧眼の素顔を向ける。 「ストリップショーでもおっ始めるつもりかよ」 「あん?クリーム塗ってた。悪いかよ」 エダはその体勢のまま、人差し指をくいくいとやってこちらへ来るように促す。 手のひらサイズの丸い容器を渡すと、下着の肩紐をするすると落として、ソファの上でごろんとうつ伏せになった。 「グローブ外して…そのクリームを背中に伸ばして」 剥き出しにされた陶器のような白い肌の背中と、何やら良い香りのする容器を交互に見て、レヴィはしばし固まる。 いやいやいや、何かすごく自然な流れだったけど、まったく関係ない事させられようとしてねえか!?と本来の目的を思い出す。 「エダ…。こんな事する為にあたしを呼んだ訳じゃないだろ?」 「わーってるよォ…んな事。あたしんちの家訓、知ってっか?」 「は?誰が知るかよ」 「突っ立ってる奴はキリストでも使え、だよ!…んまあ、そうあくせくしなさんな。時間はたっぷりあるんだしさ」 エダはそう言って長い金髪を背中からすくい上げ、目を細めてレヴィを促した。 レヴィはエダの傍らに座りながら、乳白色の液体を両手で塗り広げていく。 すらりとしたなめらかな背中が、みるみる艶めいてゆく。 視界の端でぷらぷらと揺れているつま先の様子は、言わずとも彼女の機嫌が良いのが伺えた。 大人しくエダの言うままに振る舞ってはいるが、文句の一つも吐かないなんて自分でも不思議だ。 おそらくは、ずっと心の奥底に引っかかっているある人物の存在。それが、クリームを伸ばしている最中もずっと脳裏にある。 ぼんやりと背中を眺め、とろみのある液体がすうっと伸びるのを目で追いかけていると、 浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返す男の顔。 「……は銃火器コンテナが届いたから…一日中荷役作業してたんだ……疲れた……気持ちよくて寝そう………ぐー…」 ふと、様子に気付くと、エダは心地よさそうに寝息を立てていた。 レヴィが叩き起こしたのも無理はない。
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421 :軍靴のシンデレラ[sage]:2014/10/18(土) 19:15:58.20 ID:m94OIuCm - 洗面所から戻ってきたエダは、さっぱりとした顔つきでレヴィの前に紙袋を置いた。
「はい、コレ。お前ンだよ」 小洒落たショッピングバックを怪訝そうに開けていくレヴィを眺めながら、エダは煙草に火を点けた。 どんな顔をするかなー、と沸き上がる好奇心を隠して、紫煙の隙間から冷静に伺う。 「何だこれ?」 レヴィは取り出した中身を両手に、交互に見つめては目を丸くして少し眉間を寄せる。 驚きつつも困惑を浮かべて、目で必死に訴えている感じだ。 コレをどうしろと!?黙ってないでさっさと言え!と心中を察するところこうだろう。 「何って…見りゃ分かんだろ?ブラとショーツのセット。アンダーが分かんなかったから、ちょっと着けてみて。キツかったら言いな」 この日の為にエダが用意したのは、目も覚めるような赤いブラジャーとお揃いのショーツである。 マップラオのモールにあるインポートのランジェリーショップで、買い物ついでに見立ててきた物だ。 それがレヴィの手の中で高級感を漂わせながら、ぶらりと垂れ下がっている。 もう一度食い入るように見つめて、一言。 「高そう…」 「そりゃあ、高機能ブラだからそれなりの代物よ?」 それは間違いなくいい値段ではあったが、エダは本部支給の魔法のカードを使っているので懐なんて痛くも痒くもない。 「コーキノーブラ?」 「いいから、着けてみれば分かるって!」 エダに急かされて、レヴィは渋々とタンクトップを脱いで着替える。 姿見の前で、レヴィは自分の格好に気後れしてしまう。 胸を包み込んでいる、艶が美しい冴えた赤色のブラジャー。 いつもしている質素な物とはだいぶ違う。 どうなんだ?これは。着てみたはいいが、よく分からない。 分かる事といったら、見た目より軽くて心地が良いという事と、凄く刺激的な色合いだという事。 レヴィが首をひねって佇んでいると、後ろから鏡を眺めていたエダがつかつかと寄ってきて、背後に立ちながら言った。 「なんか…違うな」 神妙な顔になって、胸やら背中をなぞるように見つめてくる。 肩を掴まれるとレヴィは緊張してしまった。 「ちょっとじっとしてな」 そう言われれば、直立不動でごくっと息をのむ。 エダは脇から肌に触れると、慣れた手つきで胸とブラジャーの形を整えていった。 「どう?」 直に触れられてくすぐったいと瞑っていた目を開けると、見違えるようにバストアップしている。 「おおっ」 思わず感嘆して、エダも満足そうに目を細める。 「まァ、こんなモンよ」 「しかしクッソ派手だな。1マイル先でも目につくんじゃねえか。エダの趣味だろ」 「え?かわいいじゃん。普段のが地味すぎンだって。あんた赤似合うよ」 「そうか?」 「ローワンのところでバイトしてたクセに何言ってんだよ。あのドエグい衣装よかマシだろ」 「アレは仕事の絡みで仕方なくだよ!」 「はいはい。あとこの包みとロックの好きな酒でも持って行ってやれ。 あんたの好きなバカルディ買うんじゃねえぞ?シンハーかサンミゲルのピス臭い奴だからな」 「よ、よく知ってんな…」 「そんなの飲んでれば分かるよ。…っと、ダベってる場合じゃねえぜ、ちょうどいい頃合いだ。 ほんじゃ行ってこいレヴィ、頑張れよ! …ああ、寝る前の祈りっていつもはしないんだけど、今晩は特別だ。月明かりの下ひざまづいて十字切っといてやるよ」 にんまりと笑うエダに背中を叩かれて、レヴィはつまづきつつ教会を後にした。 ご丁寧に封蝋が押された軽い包みを抱え、道中でエダに言いつけられた台詞をぶつぶつと復唱する。 見慣れた夜の風景、混沌としたロアナプラの街並み、横切るサイレンの音も酔っぱらい共の喧噪も生温い風と一緒に耳元を掠めるだけ。 レヴィの足は自然と速くなっていった。
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422 :軍靴のシンデレラ[sage]:2014/10/18(土) 19:24:22.98 ID:m94OIuCm - 「ックッション!!…うーん…誰かが噂でもしてるのか…?」
夜も深まるある貸し部屋の一室。 仕事はいつも通りに終わり、早めに帰宅したロックは部屋でひとりくつろいでいた。 今日も一緒に外回りをしていたレヴィは、珍しくそそくさと帰ってしまったし、ベニーとダッチに関してはどこへ行ったのか知らない。 相手がいないとなれば、一人で酒場で飲むのも少し窮屈だ。 そういう訳で特に何をするでもなく、寝るまでの暇を持て余している。 テレビはつけていても、見たい番組はなく、静けさを埋める為のBGMでしかない。 ふと、時計を見ると、もう少しで一日が終わる。 その隣のカレンダー、空白の上の日付は21日。 そういえば誕生日だったな、俺。 振り返ると、平凡で平和な日だった。 朝起きて歯を磨いて事務所に顔出して仕事内容を確認して電話を取って昼はケータリング、何食べたっけ? 少し気怠げなレヴィを連れて通常ルートの集金、彼女のドンパチもなく一通りしてデスクに戻って事務処理。 そうしていつの間にか、日が暮れていた。 この無法地帯で首が繋がっていて、体がピンピンしてて、血風呂を目にしないこういう一日は尊いものだ。 ソファに沈むようにもたれて、古く黄ばんだ天井を見つめる。 日本にいたならこんな日は…。まだ会社にいるだろう。 デスクに向かって書類整理、目をこすりながら資料と睨めっこの残業が終わると終電に駆け込んで泥の様に眠る、 なんてないサラリーマンの日常。 連絡をくれる友人のお祝いの言葉に喜ぶだけで、家族からのささやかな祝い事もあたたかな手料理も、 そんなモノは記憶のどこを探してもなかった。 …嫌な思い出が蘇る日だ。 それを遮るかのようにドアノックが聞こえる。 うるさいほど乱暴な音にロックは飛び起き、急いでドアを開けた。 「よう」 「レヴィ!?」 エダの来訪を疑っていたロックは少しほっとしながら、それと同時に思わぬ再会に動揺を隠せないでいた。 「なんだよその顔。邪魔したか?」 「そ…そんな事ないよ!暑かっただろ?とりあえず中に入って!」 「おう」 レヴィは座るなりテーブルの上に袋から取り出したビールを並べる。 「これと…これと…」 「レヴィ?そんなに沢山どうするんだ?飲むんなら…つまみでも買ってくるよ」 ロックはレヴィの横顔に話しかけて苦笑を浮かべる。 「…。あんたに」 「え!?」 「あとコレ…ほらよ」 ひょいと腕の中に飛び込んできたのは紙の小包。 狼狽に追い打ちをかけられてロックは危うく取り損ねそうになる。目を丸くしていると、さっさと開けてみろと言いたげなレヴィの視線に促されて、ロックの指はおそるおそる封蝋を解いた。 「…煙草…マイルドセブンじゃないか!レヴィ、これどこに売ってたんだい?」 「…どこだっていいだろ。最近不味そうな顔して煙草吸ってるからよ、買ってきてやったんだ。 隣にそういうバカがいるとな、鬱陶しいんだよ」 「あ…ありがとう。レヴィ…。こんなに…、何か悪いな…ハハ」
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423 :軍靴のシンデレラ[sage]:2014/10/18(土) 19:25:12.41 ID:m94OIuCm - ロックは頭を下げて笑顔を向けるのだが、いまいちどういう顔をすればいいか定まらない。
心から嬉しいと思っている反面で、不器用だと思っていた彼女にこんな一面があるなんて…と驚かずにはいられないからだ。 そして、時間が経つにつれ増していく違和感。 それはレヴィの様子なのだが、妙によそよそしく振る舞うのである。 他にもある。これはどういう訳か知らないが、視線誘導だろうか?下着が赤い。 彼女が動くたびにホットパンツの隙間から覗く真っ赤な生地。 カトラスをいじっている途中でも豊かな胸元からちらちらとする下着。 タンクトップの色と対比して、目を逸らそうにも逸らせない。 いつもならすぐに気付いてガンを飛ばしてくるはずが、今日に限って振り向く様子もない。 まったくどうした事だろうか。 そもそも派手な下着なんてレヴィは選びそうにないし、口数少なく落ち着かない様子からは、普段の気の強さも感じられない。 それほど好物でもないビールを文句ひとつ言わずに飲んだり、会話の途中でも仕切りに何かを気にしているのか、 目を合わせようとはしない。 ロックは変なの。と思いながら次のビールを開ける。 ぼんやりとしてても目に飛び込んでくる色気のある谷間、女っ気なんて見せないような彼女だからこそ、余計気になってしまう。 自分で買ったのだろうか?何かをこじらせて衝動買いしたとしても変ではないが、どこか引っかかる。 この煙草といい…もしかして…。 しばらくしてレヴィは手を止めた。 手持ちぶさたにペラペラとめくるだけの雑誌を閉じて、時計のある方を見ている。 ロックが見つめていると、居心地が悪そうに視線を泳がせている。頭を掻きながら、前置きの深いため息を吐く。 「…。エダのやつ…時間まで引き留めろって…言うから…」 「え?エダが何だ?」 きょとんとするロック。 「このまま過ごしてたら寝ちまいそうだ。時間を気にしてじっとしてるのは性に合わねえよ。ロック!」 そう言うと彼女は照れくさそうに続けた。 今にして思えば、睫毛が震えていたのも、頬がうっすらと赤らんでいたのも、すべてはその一言の為。 「…ハッピーバースディ」 今日、最後に見た光景。 どんな美しい記憶も、無数の感動的な思い出もそれには及ばない、彼女が向けた鮮やかな笑顔。 ロックは忘れる事はないだろう。 やがて、時計の針は0時を迎える。 世界は静かなままで、月だけが二人を見守るように遙か彼方で輝いていた。
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424 :軍靴のシンデレラ[sage]:2014/10/18(土) 19:30:11.72 ID:m94OIuCm - 「…レヴィ…」
どれくらいそうしてたのかは知らない。 月明かりが照らし出す彼女の輪郭に手を添えて、気の強さを宿した大きな目も、今は眼光さえやわらかく魅力的だ。 その栗色の瞳に吸い込まれるようにして、ロックはレヴィの唇へ。 「……」 触れるか触れないか、そのすんでの所で、今まで頭の中にうっすらと浮かんでいたもののかすみが晴れていき、 エダの顔が鮮明に浮かび上がった。 ゴーゴーロック!ゴーゴーロック!と何故かチアガール姿で応援されている。 「う……」 ロックはその幻影を取り払うべくブンブンと首を振った。 そのせいだろうか、ズキズキと痛み出す頭、次第に熱を持ったようにぼんやりとしてくる。 くらりとよろめいて体が傾いた。レヴィは肩を掴みながら目を丸くする。 「ロック…?」 「…いや、レヴィ何でもない…ってそんな事はなくて…だからその…!上手く言えなくてゴメン… 今言葉にならないぐらい嬉しくて…仕方ないんだ……ヘンだな…なんか、ボーっとする…ぞ……」 レヴィの呼びかけが次第に小さくなっていき、ふらふらとしながらロックは目の前の胸元めがけて倒れていった。 「えええ!?結局ヤらなかっただああ!?」 イエローフラッグの一角で声を上げるのは、エダである。 「声がでかいクソ尼」 レヴィはすかさず睨みつける。 「あんなにしてやったのにお前等どうなってやがんだよ! …はあ〜信じらんねェったく…ロックはインポかよ!?」 「死ね。だから風邪だっつってんだろ!飲んでる途中にいきなりだったからよ、酔っぱらってんのかと思ったら… まァそういう訳で!普段無理ばっかしてるからだ、あの馬鹿」 そう言ってレヴィはそっぽを向いた。 少しふくれっ面の頬がうすら赤いのをエダは見逃さなかった。 「…はーん。心配?ベッドで寝込んでる彼のことがァ。 今すぐにでも飛んでいってやりたいって顔してるよ、あんた」 「…チッ。そんなんじゃねえよ!それにな、もう大分良くなったって事務所に連絡あったんだ。あたしが知る事か!」 吐き捨てるように言って、レヴィは飲みかけのグラスを乱暴に置いた。 席を立ち、奥にあるレストルームへ向かう。 カウンターに残されたエダは、面白くなさそうな面でバオを見る。彼は身を乗り出しながら機嫌良さそうに言った。 「エダ、約束だ。賭けは俺の勝ちだな」 「ヤー、最悪だよクソったれ。ほらよ。ま、いいさ、今日はレヴィの奢りなんだ。オールドケンタッキーの88年…それを貰うよ」 「相変わらずぬかりねえなあ…」 エダは赤い唇をほころばせると、カランとグラスを揺らした。 終
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