- 【パチンパチン】ブラックラグーンVOL.16【バシィッ】
401 :名無しさん@ピンキー[sage]:2014/10/02(木) 17:45:00.37 ID:jSFpm1qO - これが、香港なのか。
俺は、ザ・ペニンシュラのスイートルームでそうひとりごちた。 中環には、いや、そこらじゅうに五星紅旗が逆さまに吊るされ、民主選挙を叫ぶ群衆が、公式発表によると18万人もの―それは香港の人口の3%近い―群衆が集まっていた。 「特別行政区」、それはここ香港が97年7月1日から制定された、中華人民共和国の行政区だった。 かつて清朝から英国に割譲され、香港島は永久に、九龍半島と新界は99年間という約束であったにも関わらず、英国政府は中華人民共和国にすべてを返還した。 それを嫌って、俺たちはカナダやらオーストラリアやらの国籍をやっきになって取得したものだ。 50年間は何も変えないという共産党の約束なんて守られるはずがない、誰もがそう思っていたのだから。 パッテンの気まぐれで返還直前に与えられた普通選挙も、当然50年は守られることになっていたはずだ。 まあ、あの六四天安門を起こした共産党が、そんなものを守る訳もなかったのだけれど。 誰もが、共産党の息のかかった候補以外の立候補を認めないという共産党の方針に、怒っていた。 そんなものより大老の態度に怒っている、俺を除いて。 ロアナプラの空気は、かつての香港に似ていた。 俺たちは、表向き「熱河電影公司」―熱河省なんて台湾だけを実効支配する「中華民国」の行政区に残っていただけだけれども―の社員として、そこに行ってもう20年になろうとしていた。 ソ連の崩壊で行き場を失った軍人たちの亡霊。 ベトナム敗残兵という肩書で何でも屋をやっていた禿。 そこに働く中国系アメリカ女―俺たちが欲しくて欲しくてたまらないグリーンカード以上のものを持っているのに自分でそれを無駄にした!―の荒事屋。 いつしかそこに合流した、元日本商社の社員だというホワイトカラーの男。 まあその荒事屋とホワイトカラーが結婚するなんて当時は全く思っていなかったが…。 この混沌こそが、ロアナプラをロアナプラたらしめていたのだ。 それは、かつての香港―英領香港―が持っていた空気と一緒だった。 大老が急に俺を呼びつけなければ、俺は、「香港系オーストラリア人」の「ベイブ」こと張維新は、ここにはもう戻ってこなかっただろう。 タイの本社で、屋上のプールの横でカクテルでも飲みながら、ジタンを吹かしながら、悠々と衛星放送のフェニックスTVを高みの見物としゃれ込んでいただろう。 スターフェリーでかつての仲間たちを血祭りに上げた俺が、香港の土地を二度と踏めるなんて思っていなかった。 しかも、それがこんな日になるとは、本当に想定外だった。 10月1日、中華人民共和国の建国記念日。 そんな日にこれだ。 それが俺には愉快だった。 いや、きっと多くの香港人には愉快に思えるだろう。 あのイモくさい大陸の連中の鼻を明かせているんだから。 どうせならあの糞どもじゃなく、台北の中華民国政府に香港を返還するくらいの茶目っ気を、英国式ユーモアを、あの鉄の女には見せてほしかった。 そう思ってしまう自分も、英国文化に、嫌というほど洗脳されているんだと思って俺は愕然とした。 俺はジタンを一本取り出すと、愛用のライターで火をつけた。 大老の使いは、まだ来そうになかった。 俺は、ひたすら待ちに待った。 それは、97年7月1日を待っていた、共産党よりもずっと長い時間を待っているかのような、そんな感覚に俺は襲われた。 コンコン。 ノックの音がした。 俺はため息をつき、インターフォンの受話器を取った。 FIN
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