- 【田村・とらドラ!】竹宮ゆゆこ 37皿目【ゴールデンタイム】
516 :174 ◆TNwhNl8TZY [sage]:2014/08/26(火) 00:36:27.97 ID:TCBqzmWz - 甚だ不名誉なことに校内での言動やら妹と比較してやらで私を「狩野の兄貴」などと呼ぶ連中がいることは勿論知っている。
畏敬を込めてか不敬なのかはこの際どうでもいいことなのでさておいて、どうにも厄介なのが「兄貴」に込められたそのイメージだ。 これが豪放磊落で頼りがいがあるからというのならまだしも、こと私個人を指す場合、どちらかといえば「ガサツ」「オヤジ臭い」「女らしくない」と、 自然と生徒間に広まっていった「生徒会長、狩野すみれ」像と相まってそんな印象が優先がちであり、私としては正直あまり気分がいいとは言えない。 そうして特に、特に許せないこの誤解も、大方そこら辺から生まれているのだろう。 「あんた、料理なんてできるの」 ほらな、これだよ。 この疑るような眼差しといい、無神経にもほどがあるだろ。 家庭科の授業や林間学校の調理実習でもそうだ、昔からこの調子だよ、人がエプロンかけて包丁持ってるだけで大騒ぎしやがって。 どうしてどいつもこいつも私が少しでも女子らしいことをしたらこんな反応を返すんだ。 一体全体私をなんだと思っていやがる。 どこを取ったって花も恥じらう立派な女子高生だよ見りゃわかんだろふざけやがって。 だいたいからして逢坂にだけは言われたくねえんだ、「料理なんてできるの」なんてよ。 「少なくともオマエよりかはできる自信がある」 逢坂は嫌味ったらしく「ハンっ」と鼻で笑った。 高須の家の台所を借りて腕を振るう私の手では包丁が鈍い光を放っているのにはたしてこいつは気づいているだろうか。 「バカにしてんのか」 「べつに。ただ、手にいっぱい絆創膏貼って言われても、ちょっとね」 「これはっ……ここだけの話教えてやるが、これは演出だからな。 健気さと女子力がアピールできるだろ。高須には内緒だからな」 「ケナゲサとジョシリョク……? ごめんなさい、詐欺か何かの専門用語かしらね? そういうのよくわからないの。あとで竜児に聞いてみるわね」 しれっと嘯く逢坂だった。 だがまあ苦し紛れにああは言ったものの、逢坂の指摘通り、私の左手は絆創膏まみれもいいところだ。 ……だって、なあ? あれで高須のやつは家事全般をそつなくこなして、特に料理の腕なんてそこらの主婦よりずば抜けてやがるんだぞ。 一朝一夕の付け焼刃にしたって、それなりに準備しておかないと不安だったのは、ここだけの秘密にしておけよ。 それに──できるのならば、おいしいと思われたいのは、なにも悪いことなんかないだろう? 高須が「おいしかった」と言ってくれればそれだけで。 そして「おいしかったよ、すみれ」と高須が、それで……──。 「あ、ちょっ、危なッ……」 そんな逢坂の慌てた声が聞こえたような気がしたのとほぼ同時。 夢見心地な私を現実に引き戻す、熱にも似た鋭い痛みが指先に走る。 「……なんでもいいけど、血の味がするようなご飯だけは勘弁してよね」 呆れ返った逢坂を他所に、努力の証がまた一枚、私の指に増えていった。 〜おわり〜
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