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◆fYihcWFZ.c
女装SS総合スレ 第10話

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女装SS総合スレ 第10話
67 : ◆fYihcWFZ.c [sage]:2014/03/15(土) 14:23:25.48 ID:46ocX9Xw
『瀬野家の人々』 俊也の場合-A3 2009年3月 1/8

 服を着なおして、おかしなところがないかを確認してトイレを出る。
 ここから先は、私は悠里。この子は俊也。自分の心に改めてそう言い聞かせながら。
「お姉ちゃん、食事いかない? もうこんな時間だし、お腹すいちゃった」
「あ、そうだ。今日は『お姉ちゃん』ってのやめよう。私のことは『悠里』って呼んでね」

「恋人のように?」
「そ。恋人のように。ただ『悠里』、って」
「……うん、分かった。でもなんだか恥ずかしいね」
「大丈夫。私もちょっと言ってて恥ずかしかった」

 2人で顔を見合わせて笑いあう。
 荷物をまたロッカーに預けて少し歩き、適当にランチセットのある店を探して中に入る。
『高校生デート』としてはグレードが高いかもしれない、そんな瀟洒なレストランだった。

 本日のメニューを眺めてみる。
 レディースランチがいい感じ。でもやっぱり男なのに『レディースランチ』は変なのかな、
とまで考えて思い至る。そういえば今日の『私』は女の子なのだった。

 ということでオーダーを取りに来たウェイトレスさんに、遠慮なく注文してみる。
 特に不審がられる素振りもなかったので内心ほっとする。
 そういえば座るとき特に意識してなかったのに、気が付くといつの間にかスカートを綺麗
にお尻の下に敷いて、脚をきちんと閉じて腰掛けていた。

 “女を、装う”と書く、女装という言葉。
 女物の衣装を装うだけでなく、仕草も、立場も、他人からの扱われ方も、トイレの仕方で
すら女を装うことを要求される。
 でもなんだか、それを楽しく思い初めている自分がいた。

 そのうち、心まで“女を装う”ことが出来るようになれば、それは“女が、女でいる”と
いうだけの、ごく自然な状態になってしまうのだろうか。
 このドキドキがなくなってしまいそうで、それはそれで少し勿体ないような気がした。

「悠里ってば、凄いイメチェンだよね。最初分からなくてごめん。こういうのも可愛いね」
 テーブルの向かい側から手を延ばし、肩にかかる私の髪に指先を絡めながら俊也が言う。
「昨日、『世界で一番可愛い女の子と、デートしたい』って言われたからね。だから、もっ
ともっと可愛くなれるように、って頑張ったの」

「昨日の時点でもう世界一だと思ってたけど、まだまだ上を目指すんだ」
「うん。──私もね、ずっとずっと“悠里は世界一可愛い女の子”だと思ってた。
 でも、昨日今日で確信しちゃったんだ。“悠里はもっともっと可愛くなれる”って。
 身内や惚れた欲目抜きで、本当に世界一を目指せるんだ、って」

「何だか眩しいな。うん。悠里は本当に可愛い」
 目の前に座る男の子、俊也がうっとりとした表情で微笑む。
 胸の中で、『キュン』と音が鳴ったような気がした。
 冷静に考えれば、弟の服を着こんで男装した姉の、自画自賛の言葉。
 でも今は、一人の『女の子』としてその言葉にトキメキを感じていた。
女装SS総合スレ 第10話
68 : ◆fYihcWFZ.c [sage]:2014/03/15(土) 14:23:41.37 ID:46ocX9Xw
『瀬野家の人々』 俊也の場合-A3 2009年3月 2/8

「最初にも言ったけどさ、ナンパとかスカウトとか大変じゃなかった?」
「デパートから待ち合わせの場所の移動だけだから、そこまでじゃなかったかな。そういえ
ばこんなの貰ったんだけど……」
 と、デパート出口で受け取った名刺を取り出して渡してみる。

「○○○○、ねぇ……」
「あれ、知ってる人?」
「なんだったかな。美人画か何かの画家さん。どっかで前聞いたことはある」
「やっぱり、あれスカウトだったんだ。絵のモデルかあ」

「本人ならね。そっくりさんがなりすまして勧誘とかよくあるから、仮に興味があってもそ
の名刺のアドレスには連絡しないこと。名刺もさっさと捨てちゃったほうがいいね」
「うーん、そこまで用心するんだ」

「AVあたりの勧誘ならまだ可愛いけどね。誘拐とか拉致とかヤクザとかレイプとか普通に
あるから、悠里も気を付けないとだめだよ。
 ……悠里はまだまだ、自分の魅力と価値がどんなものか分かってないみたいだから」
「うん。……分かった、とまでは言えないけど、分かるよう努力します」

「美人はねえ……得なことも多いけど、面倒ごとも沢山あるから」
「なんだか実感が籠った喋り方だけど、ひょっとして女装して歩いたときのの実体験?」
「……いや、お姉ちゃん見てるとそう思う、ってだけ」
「あの人、美人だもんねえ」

 昼時よりは遅いとはいえ、人もそれなりに居る店内。お姉ちゃんでも油断することがある
のか、と内心思いつつ軌道修正してみる。

 でもこれ、意外に楽しい。
 傍から聞いてる人に、『私』が本当は男で、『俊也』が本当は女であることを悟らせない
ように会話を繋いでいく。なんだかパズルでも解いていくような感覚。
 いつもの自分は無口なほうだと思うのに、口に翼が生えたように喋りたくなってくる。

「俊也は俊也で結構スカウト来ると思うんだけど、芸能界入りとか興味なし?」
「言ってなかったっけ? 僕はほら、経営やりたいから……経営は何かやりたいことを達成
するための手段のはずなのに、目標にしてる時点で変な話とは分かってるんだけどね」
「いや、すごい立派だと思う。まだ若いのに」
「だからまあ、あんまり時間がとられることは、したくないってのが正直な気持ちかな」

「でもちょっと意外かな。モデルウォークとか練習してたから、モデル目指すと思ってた」
「モデルみたいな綺麗な動作は目指したいと思うけど、職業にはしたくないかな。仮に芸能
界に入るなら、じょ……俳優あたりが目標」
「そうなんだ?」

「容姿も武器にできて、でもそれだけじゃなくて、努力とセンスと技術と積み重ねが要求さ
れる世界がいいなって。そういう悠里は、将来の夢とかあるの?」
「んー。俊也のお嫁さんとか?」
 思わずむせる俊也。生まれて初めて、この人に一矢報いることができたような気がした。
女装SS総合スレ 第10話
69 : ◆fYihcWFZ.c [sage]:2014/03/15(土) 14:24:42.17 ID:46ocX9Xw
『瀬野家の人々』 俊也の場合-A3 2009年3月 3/8

 女と男、姉と弟、もうすぐ高校生と中学生、私立の女子校生と公立共学校の生徒。
 何重にも立場を入れ替えた状態で、周りに不審に思われないよう注意をしながら、でもこ
こ暫くなかったくらいの勢いで、私たちは2人の会話を楽しんでいた。

 やがてランチが運ばれてきたので、二人で「いただきます」と手を合わせて食べ始める。
 “女の子らしく、瀬野悠里らしく食べる”という、実は難易度の高い行為。記憶の中の
“瀬野悠里”にイメージを合わせて、それに沿うように全身を動かす。
 言うは易し、行うは難しを地で行く作業だった。

 昨日と違って髪を後ろで纏めてないから、ウィッグの茶髪がかかってくる。
 左手でそっとかきあげてみるけど、どうにも落ち着かない。
 口紅……じゃなくてリップクリームか。とにかく綺麗に化粧した唇がはげないように、そっ
と食事を口の中に入れるのも結構気を使う。

 食事の匂いに、化粧の匂いが混じってくるのにもなんだか違和感。
 おかげで今まで意識から外れていた化粧が気になり、ついこすってみたい衝動に襲われて、
それを抑えるのが大変だった。
 これが“女性の日常”なのか。大変なものだと改めて感じる。

 いつもより意識してゆっくりと咀嚼して食べる。
 自分におかしなところがないか気にしながら、指の動きにも気を使って。
 目の前には、小憎らしいほどに落ち着いた『俊也』が、男性ではあまり見かけない、自然
で優雅な仕草で食事を食べている。

「レディースランチ、美味しい?」
 私の視線に気付いたのか、ニッコリ笑ってそんなことを聞いてくる。自分と同じ顔がそん
な表情が出来るとは思っていなかった、“女殺し”の笑顔。
 自分の心臓がまたキュンとなるのを覚える。

 正直、味も分からない状態。でもせっかく得た生まれて初めての優位を失うのはシャクだ。
「まぁまぁ、かな。俊也も食べてみたい? はい、あーん」
 いんげんのおひたしを少し取って、それを差し出てみる。
 少し面食らった顔をしたあと、それでも笑顔でパクリと食べてくる『俊也』。

 お返しとばかりに、箸に自分のおかずを少し取って「あーん」させてくる。
 傍から見てると、きっと呆れるくらいにバカップルな光景。
 ほんの一昨日まで、あり得ない夢だった『悠里お姉ちゃんと俊也との、いちゃラブデート』。
 これで立場が逆だったら、自分が悠里の立場でなかったら、どんなに良かっただろう。

 そんな食事をなんとか終わらせて、女子トイレに移動。
 白いチュニックに淡いピンクのワンピース姿の『可愛い女の子』が、大きな鏡に映し出さ
れている。
 案の定リップが取れかかってたので、さっき習った通りに軽く化粧直しをしてみる。

 一段と輝きを放つように思える、可愛らしい容姿、可愛らしい笑顔、可愛らしい仕草。
 “女でいる”というのは大変なことも多いけど、それを補ってなお余りある喜びがそこに
あるような気がした。
女装SS総合スレ 第10話
70 : ◆fYihcWFZ.c [sage]:2014/03/15(土) 14:25:14.97 ID:46ocX9Xw
『瀬野家の人々』 俊也の場合-A3 2009年3月 4/8

「俊也、どこか行きたいとこある?」
 会計を済ませて店の外に出て、2人で腕をからませて歩きながら尋ねてみる。
「今日はもう、完全に悠里に任せるよ」
「んー。じゃあ、次はあのお店」

 私が指さした店を見て、珍妙な表情になる俊也。
 店に入ったあとも、やっぱりどういう顔をしたものか決めあぐねる変な顔になっている。
 やばい。楽しい。癖になりそう。普段なら自分が優位なんてあり得ないことなだけに。

「ねえ……悠里、やっぱり僕外で待っててもいいかな?」
「だーめ。ほら俊也も一緒に選んで。どんなのがいい?」
 ここはランジェリーショップ、女性用の下着売り場。いつもの僕ならなるだけ目をそらし
ながら通り過ぎていた店。正直言えば女のふりをしている今でも、いるのは十分恥ずかしい。

 偶々、同じようにカップルで来ていた男女(多分大学生くらい)と目が合う。
 彼氏さんはやっぱり少しうんざりした様子で目線を彷徨わせている。俊也と目を合わせて、
『お互い大変だよなあ』って感じで、男同士視線だけで分かり合ってる様子。
 その様子を見て、彼女さんと目を合わせて一緒にニヤニヤ笑ってしまう。

「なんだよ、そこ。女子同士で分かり合っちゃって」
「そんなこと、どうでもいーでしょ。それより俊也、私に着せたい下着見つけた?」
「うん、あれとかどうかな?」
 少し投げやりに指さした先にあるのは、真っ赤な……『勝負下着』だっけ、そんな下着。

「ふぅん。あんなのが良いんだ」
 にやりと笑って、サイズを探して平然と手に取る。内心バクバクなのは秘密だ。
 ぴろんと広げて目の前にかざすと、顔を真っ赤にして視線をそらす。逆襲のつもりだった
んだろうけど、そんなことはさせてあげない。

 とんでもないことやってるなと、自分の大胆さに内心驚いてみる。
 逆の立場なら、僕が男のままなら、絶対ありえないような行為。
 結局、その他に2セット。“瀬野悠里”の持ち物と比べると随分と可愛らしいデザインの
下着を購入して店を出る。

「試着、してかなくて良かったの?」
「うん。大丈夫」
 店を出た直後の、俊也の言葉に適当に相槌する。

 実は女の子の振りをしつつ、股間のものはずっと男の子を主張しっぱなしだったのだ。
 試着なんてしたら、女の子ではありえない場所に、女の子にはあり得ないシミがついてた
だろう。そうしたら店員さんにバレて大変だっただろう。
 試着したくても出来なかった、というのが実際のところなのだ。

「で、ごめん。ちょっとおトイレ行かせて」
「そうだね。僕も少し行きたいかも」
 近場のスーパーに入り、障碍者用の男女兼用を探しても見当たらないので、2手に別れる。
 本日3回目の女子トイレ入りだった。
女装SS総合スレ 第10話
71 : ◆fYihcWFZ.c [sage]:2014/03/15(土) 14:25:59.71 ID:46ocX9Xw
『瀬野家の人々』 俊也の場合-A3 2009年3月 5/8

 トイレは幸い空いていた。
 挙動不審にならないように気を付けつつ個室に入り、またチュニックとワンピースを脱い
で、たった今買ったブラジャーを袋から取り出す。
 ワンピースの色と合わせた感じの、淡いピンク色の女物の上の下着。フリルがついていて、
かなり可愛らしいデザインの一品だ。

 “お姉ちゃん”のものではない、“僕”だけのブラジャー。
 感慨に耽りたかったけれども先を急ぎ、昨日教わった通りのやり方で身に付ける。
 慣れのおかげか、肌にピッタリくっつくタイプのパッドだったためか、今朝よりも随分ス
ムーズに装着出来た。男として生活する上で、無用なスキルばかり磨かれていく。

 軽く身をよじって着け心地を確認。
 昨日色々測ってみて、“お姉ちゃん”よりも“僕”のほうがアンダーバスト(!)が少し
大きなことは、知識としては把握していた。
 パンストを詰めた時には大して問題のなかった、数センチの差。

 でもきちんとしたパッドを詰めてると、意外な苦しさに少し気分が悪くなりかけていた。
 平然とした振りをしていたけれども、下着屋に行ったのは割と切実な事情があってのこと。
 決して助平心や好奇心じゃないんだから、と誰に言うでもなく自分自身に言い訳してみる。

 正直、かなり楽になったと感じる。
 男が下着を試着して買ったら気持ちが悪いだけだけど、女の子がきちんと測って試着まで
して下着を購入する理由が身に染みて分かってしまった。男として無駄な知識が増えていく。
 先走り液が少し染みついた、下のほうもついでに履き替えてみる。

 そうしてもう一度、服を着なおして、ドアを開ける……と。
「ちょっとあなた、何してるの!」
 見知らぬおばさんが、やや抑えた声で、でも凄い剣幕で怒鳴ってきた。

 血が逆流するような思いがした。
 どこで僕が男とばれたんだろう? やっぱり女装して女子トイレに入るのはまずかったの
か。変態扱いならまだいいとしても、犯罪者になるんだろうか。
 そんな思いが頭をグルグルする。

「あなた、万引きしてたでしょう?」
 だから、そのおばさんの放った次の言葉に思いっきり、きょとん、としてしまった。
「……万引き、ですか?」
「そうよ。誤魔化そうとしても無駄よ。トイレの中で思いっきりゴソゴソしてたじゃないの」

 思わず笑いたくなるけど、でもこのまま身体検査とかされたら男だとばれてしまう。ピン
チな状況は変わってないんだった。思考停止しかける頭を無理やり動かして、言葉を作る。
「すいません。……急に始まっちゃったので」
 言ったあとに、自分が何を口にしたか意識して、思いっきり赤面してしまう。

「そう……なの?」
「幸い、下着を買ってたので着替えたんですが……紛らわしいことをして申し訳ありません」
 そのまま、頭を深々と下げる。主に表情を隠すためだけど。
女装SS総合スレ 第10話
72 : ◆fYihcWFZ.c [sage]:2014/03/15(土) 14:26:40.86 ID:46ocX9Xw
『瀬野家の人々』 俊也の場合-A3 2009年3月 6/8

「本当にごめんなさいね。私ったら変に疑ったりして。
 ……彼氏さん、彼女を大切にしてあげてね」
 トイレの出口。そんなことを言いながら去っていくおばさん。

「何があったの?」
 合流直後に見知らぬ人にそんなことを言われて、目をぱちくりさせていた『俊也』に今の
出来事を軽く説明する。
「そっかぁ。始まっちゃったんだ。……今日はお赤飯かな」

「もうっ。デリカシーのない人は嫌い」
 演技でもなんでもなく、また顔が赤くなるのを感じる。
 自分が咄嗟にそんな言い訳を思いついたこと自体が恥ずかしいし、『俊也』にそれを説明
してしまった自分の迂闊さが恨めしい。

「ごめんごめん。もう二度と言わない。……ところで、トイレで少し気になったんだけどさ」
 そう言って少し背を屈めて、耳元でこそこそ話しかけてくる。
(……男子トイレに音姫が見当たらなかったんだけど、ここが特殊なの?)
(ごめん、そもそも『音姫』がなんなのか分からない)

 通行人の邪魔にならないように壁に寄って、2人で交互にこそこそ耳打ちする。
(水が流れる音が出る装置なんだけど……トイレには普通にあるもんだと思ってた)
(それ、何のためにあるの?)
(え? だって、トイレの音聞かれるのって嫌じゃない?)

 意外なところで出会う男女のカルチャーギャップに、お互いショックを受けてみる。
 でも良かった。さっきトイレの個室に入った時には、存在すら気が付いてなかったわけで、
そんなところから“僕”が男だとばれる可能性もあったのか。

 “女を、装う”ためには、外見を完璧に女にしただけではまだ全然足りなくて、気付かな
い所に散りばめられた『女としての常識』を身に付けないといけないらしい。
 浅いようで深い男女の溝。
 難しいと思っているのか、面白いと思っているのか、自分の心が分からなくなる。

 その次はインポートショップを回ったりして、アクセサリ類を購入。どれも銀色に光る、
控えめで上品だけど、高校生らしい高価過ぎないアイテム。
 『センスある彼氏と、初心で可憐な彼女』の買い物道中。これが逆の立場だったらどれほ
ど良かったことか。……まあ、自分はセンスはないから役者不足かもしれないけど。

 身体を動かすたびに、耳元でイヤリングが揺れる。首元でネックレスも揺れる。
 慣れかけて気にしなくなってきていた長いウィッグの髪の先や、ロングスカートやチュニッ
クが揺れる様子もまた意識にのぼってくる。
 そしてそのすべてを、心地よいと感じている自分に気付いて心が揺れる。

 自分の身体が男らしくなるまでの女装。
 今はまだいい。普通に男の格好をしていても、まず100%女と思われるような状態だから。
 でもこのまま完璧に女装にはまってしまって、男らしくなってもまだ女装を続けたいと思っ
たら“僕”はその時どうするのだろう? それが、どうにも不安になった。
女装SS総合スレ 第10話
73 : ◆fYihcWFZ.c [sage]:2014/03/15(土) 14:27:37.90 ID:46ocX9Xw
『瀬野家の人々』 俊也の場合-A3 2009年3月 7/8

 『女一人歩き』に比べると、『男女の2人歩き』は随分と気楽だった。
 スカウトもナンパも格段に減ったのが割と重要。
 それでも俊也を女の子と勘違い(?)して声をかけてくる人たちも時々いたけれど、手慣
れた風であしらってくれたのはありがたかった。

 『頼りになる彼氏さんに、守られている女の子』って、こんなに心地よいものだったのか。
 ただ、注目度が恐ろしい勢いで増えたのも確か。
 今までさほどでなかった女性からの視線も加わって、ほとんど網のように自分たちを包む。

「これ、結構いいね。客観的に見て、服とか似合ってるかどうか確認して買えるのは」
 慣れているのか、そんな視線の中でも泰然とした様子の同行人が呟く。
 しかしなるほど。この『デート』には、そんなメリットもあったのか。
「へー。じゃ、次は『俊也』の服を見に行く?」

「そうだね。あれとかどう? 似合うと思うんだけど」
 そう言って指さしたのは、ロリータ服専門店。
 返事を待たずに店内に入り、店員さんと平然と「一度着てみたかったんですよねえ」とか
会話しながら試着を始める。

 『王子ロリータ』とかいう、主に女の子が男装するために作られた、フリル一杯の黒メイ
ンに白が配色された衣装。
 中性的な容姿を持つ少年(に化けた本当は女性)に、それは確かに良く似合っていて、通
りすがりの女の子たちまで含めてキャーキャー騒がれました。

 「彼女さんもぜひご一緒に」と店員さんから強く薦められ、自分も同じように黒メインに
白を配したゴスロリに着替えさせられてみたり。
 大きく膨らませたミニスカート、コルセットの窮屈さ、過剰なフリル、動きにくい衣装が、
『自分は今、女の格好をしてるんだ』と改めて意識させる。

「すっごい可愛い!」「本当に王子様・お姫様みたい」「写真を店に飾ってもいいですか?」
「……どう?このまま街を歩いてみる?」
「いやいやいやいや。それは本気でやめようよ」
 このまま外出は勘弁してもらえたけど、結局一式を購入してみる。

 そのうち“僕”も、この王子ロリータかゴスロリかで外出させられたりするんだろうか。
 しばしの逆襲を楽しんでみたりもしたけれど、結局この人には敵わない。
 そんなことを痛感させられる一幕だった。


「んーーっ。疲れたー」
 昨日に引き続き夕食まで外で食べて、ようやく家に戻って大きく伸びをする。
 ずっとお澄まし状態の外だと、こんな動作すら思うようには出来なかったのだ。
 それでも布地がみしりと音を立てた気がして、慌てて身体を伸ばすのをやめる。

「お姉ちゃん、服はどうする? また取り換えるの?」
「今日はこのままにしようよ。パパを騙せるかどうか、実験してみたくない?」
「えぇ? いい加減、男に戻りたいよ……」
女装SS総合スレ 第10話
74 : ◆fYihcWFZ.c [sage]:2014/03/15(土) 14:28:20.72 ID:46ocX9Xw
『瀬野家の人々』 俊也の場合-A3 2009年3月 8/8

 口では抗議してはみたけれど、でもそこまで本気だったわけでもない。
 普通に押し切られて、お姉ちゃんの持ってるルームウェアでも一番可愛い、クリーム色で
花柄の上下に着替えさせられる。
 ウィッグはまた黒のストレートに戻して、首の後ろで大きなリボンを結ぶ。

 化粧も落として、パック含めて普段お姉ちゃんがやってる肌の手入れを実践させられて。
 その後は昨日購入していた録音機を使って、互いの声真似を練習してみる。
 正直……自分の声がこんな感じとは思ってなかった。いつも思ってる“自分の声”より割
と高くて、『僕の真似をしたお姉ちゃんの声』のほうが少し低いくらいというのは驚いた。

「なんだか自分の声って恥ずかしいなあ」
 僕の服を着たお姉ちゃんが、うつ伏せで脚をバタバタさせながら言う。うん、違和感が。
 そんなこんなしてるうちに、お父さんが帰ってきた。
「「お帰りー」」と二人で言って、まずはお姉ちゃんが迎えに行ってみる。

「ただいま。ああ悠里、髪切ったんだね」
 流石というかなんというか、すごくあっさりばれた玄関から会話が流れてくる。
 もう少しは分からないかと思ってたのに、と思いつつ僕も部屋の外に出る。
 目を白黒させて、お父さんが僕のこと……特に頭(カツラ?)のあたりを見ていた。

「普通の親なら、やめなさい、って言うべきなんだろうけどね……」
「わざわざそういう前置きするってことは、特にお咎めなし?」
 元の服に着替えて、リビングのソファに一家3人で腰掛ける。少しの沈黙の後、お父さん
の口から出たのは少し意外な言葉だった。

「まあ、節度を持って楽しむくらいなら、男装も女装も禁止するつもりはないよ。
『良識をわきまえて』って言おうと思っても、君たちのほうが僕よりよほど良識があるのは
知ってるし。それに、あんまり僕が強く言える立場でもないしね」
「……」

「──これは親が言うことじゃないかもしれないけど、人類の半分は異性で、実際の気持ち
が分からない存在なんだ。
 男装や女装を推奨するわけじゃないけど、君たちには異性の立場も理解できる、相手を思
いやれる大人になって欲しいな。……って、これは半分以上、僕の願望だけど」

 深く考えてなかったけど、確かに言われてみればそんな側面もあるのかもしれない。
 そこまで御大層なことを言えるほどには、昨日今日だけだと理解出来なかったけれども。

「けど、そんなに私たち見分けがつきやすかったかな?」
「僕を騙せる自信あったの? 2人とも確かに似てるけど、全然違うじゃないの」
「うーん、そっかー」
 不満そうなお姉ちゃんとは別に、僕のほうはお父さんの言葉に安堵を覚えていた。

 他人に成り切る体験は楽しいけれど、『自分』が揺らいでくるような不安感が、振り返れ
ば、実は常に付きまとっていた。
 それでも僕を僕だと把握してくれる人がいる。僕を僕に留めてくれる人がいる。
 そのことに、内心深く感謝をしている自分がいた。
女装SS総合スレ 第10話
75 : ◆fYihcWFZ.c [sage]:2014/03/15(土) 14:51:15.21 ID:46ocX9Xw
規制が厳しいためか、ほかの作者さんからのご投稿の間があいてしまっているのが
寂しいところです。
前スレ「ゆりかの〜」のかたも、一部の描写に突っ込みが入った程度で投げ出さないで
続けて頂ければ、いい作品を拝見できると思うのですが。

自分の作品にエロが欠落してるので、エロ成分プリーズともいいますが。


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