- 園芸民が異世界転生したらどうするよ?
112 :花咲か名無しさん[sage]:2018/07/16(月) 00:23:04.70 ID:1dhE7esF - 奴はわしが子供の頃も、わしを子供扱いせずに真摯に植物の事を教えてくれた。
自分が殖やした希少植物を王国中に広めて、絶滅しかかっている植物を普通の植物に 格下げしてやるのだ、と目を輝かせて語ってくれたものだ。 だがな、奴は勘違いしていたのだ。自分以外の園芸家も、自分と同じように植物を 愛しているのだとな。普通の園芸家にとって、園芸植物は使い捨ての、根のついた切り花だ。 だから奴が心血を注いで殖やし、配布した希少植物も、まともな扱いはされなかった。 1年たつと半分枯れ、5年たつと1割も生き残っておらず、10年後に育てているのは奴一人に 戻っておった。 それでも奴は諦めなかった。自分が育てるのを止めてしまったら、希少植物は王国から 絶滅してしまうと言ってな。傍から見ていると、自分一人で血を吐きながら悲しいマラソンを 続けているかのようだったわ。 ・・だがな、ある日奴はとうとう壊れた。奴が苗を送ってやった相手がたずねてきてな。 また苗をわけてくれと言ったのだ。「植替えしないでいたら枯れちゃってさー。また 苗をくれよ。たくさんあるんだから問題ないだろ?」とな。 奴は無言でそやつに水をかけて追い返した。赤い顔になって怒りで震えておった。 だからわしは言ったのだ。「草ごときの事で、あまり心を病むな」とな。 ・・その夜に奴は温室に油をまいて火をつけ、その中に飛び込んで命を断ったのだ。 次回「その20」
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113 :花咲か名無しさん[sage]:2018/07/16(月) 00:43:51.58 ID:1dhE7esF - 今思うに、奴にとって自分が育てているものは「草ごとき」ではなかったのだ。
自分の一番身近にいた者ですらその気持ちを理解していなかった。それを知ってしまって 絶望したのだろうな。・・橋の上で水面を眺めていた自殺志願者の背中を、わしは 押してしまったのだよ。 自分の愛した草を残していくのは心残り。さりとて託せる相手もいない。 結局、花と無理心中したのだな・・結局、奴はあまりにも生真面目すぎたのだ。 貴公も草ごときに過度に思い入れをすれば、その身を滅ぼすぞ。 ああそうだ。「草ごとき」だ。わしにとって植物とは、自分の欲望を満たすための 道具にすぎぬ。園芸などしょせんは暇つぶしの娯楽、命を削ってまでやるものではない。 花を愛したがゆえに苦しむのなら・・ 愛などいらぬ。 そう言って茶をあおった貴族の顔は、どこか寂しそうに見えた。 次回「その21」
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116 :花咲か名無しさん[sage]:2018/07/16(月) 20:30:45.49 ID:1dhE7esF - その考えは間違っています、とは山田には言えなかった。
当然ながら貴族に対し、フセイランの扱いについて考えてください、と言い出せる雰囲気 ではなかったし、仮に言っても聞いてはもらえなかっただろう。 では、その時に山田には何ができたのだろうか。 このフセイランを譲ってください、譲っていただいた事は絶対に口外しません、 私の全財産をお渡ししますから、と言ってドゲーザをして懇願すれば、あるいは譲って もらえたかもしれない。だが、山田領には神木も茸人も存在しない。連れて帰ったと しても「女王」のその後の運命に変わりはない。 では故郷の森に帰してやるか。しかし、「女王」2人の命を支えられる人数の茸人はもう 残っていない。仮に茸人が残っていたとしても、森で健康が回復した時点で再度あの領主に 狩られるだけの話である。 ならばその場から連れて逃げて、彼女が力尽きたあとは黒く干からびた屍体を匣(はこ) に入れて背中に背負い、一緒に全国を旅して回れば満足できるだろうか。 山田がそれを解決策だと思える人間だったならば、この物語がそういう結末で終わった 可能性もあったのだが・・ 結局、山田がしたのは黙って貴族の館を立ち去ることだった。 山田はこれから彼女がどうなるか、すべて理解していた。その上でーー 彼女を見殺しにした。 次回「その22」
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117 :花咲か名無しさん[sage]:2018/07/16(月) 20:54:35.10 ID:1dhE7esF - 山田が貴族と話をしている時、「女王」は目の前で自分の死について語っている
デリカシーの無い男達に対して、何の怒りも悲しみも示していなかった。 何かを悟ったかのように、ただおだやかな表情だった。 その目は、ここではないどこか遠くを見つめていた。 山田には、その目が二度とは戻れぬ生まれ故郷の森を思い出しているかのように思えた その表情が、山田がフセイランを見た最後の記憶となった。 「女王」は与えられた人間用の食事を口にしようとはせず、体力回復用に与えられた 霊薬エリクサーも効果がなく、その後ほどなくしてこの世を去った、という話を 山田は聞かされた。 なお、彼女の死体は剥製にはされず、王立科学博物館に標本として寄贈されたという。 次回「その23」
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