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968 :実習生さん[]:2013/12/14(土) 07:49:20.64 ID:5pPh4EEH - 不登校の子どもたちが被った典型的な周囲の対応は医療機関や児童相談所や精神保健センター
などにすぐに連れていかれてそれでもなかなか改善しないからあちこちたらい回しにされるというもので、 その結果事態をこじらせた子どもたちがフリースクールへ行き着くというパターンだった。 そうした多くの当事者経験事例の蓄積がフリースクールという代替策に親や子供たちを向かわせたのであって、 事件化した事例だけを根拠に医療化批判が行われたのではなかった。 つまり、不登校の子供たちや親たちの大多数は医療漬けのサバイバーであって、 医療の手から離されて放置されてきたというのは明らかにデマゴギー以外のなにものでもない。 フリースクールはむしろ医療が手に負えなかった子供たちを積極的に受け入れてきた最後の受け皿だった。 もちろんフリースクールができる前には、ごく一部の医療や福祉関係者、とくに児童や青年期を専門とする 児童精神科医や臨床心理士のさらにごく一部の人々の多大な協力があったことは確かだが・・・・ フリースクールの名が知れ渡るようにあった後も、フリースクールより医療機関のほうが圧倒的多数だし、 しかもフリースクールの大半はそれまでの医療機関の大半と同じく再登校へと子供たちを矯正する目的を 親たちに対して売り込んでおり、全体としてその傾向は変わっておらず、 行政や教育機関による「不登校を予防せよ」という新たな掛け声とともに社会的な登校圧力はかえって 強化されてきた傾向さえある。 不登校がこじれて長期の社会的ひきこもりに深刻化していく過程に貢献したのは医療機関だったことは ほぼ間違いない。その歴史的事実をゆがめて伝えるのはよくないと思う。
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970 :実習生さん[]:2013/12/14(土) 08:13:43.31 ID:5pPh4EEH - >>960
> 精神科医や心療内科医の中には「登校拒否」と「不登校」を分けて定義している人がいるが、 > その中には「登校拒否」の子供たちはいわゆる「不登校=欠席」常態になるまでにいたる間に > 周囲や社会からの登校圧力を感じて自ら無理に登校している状態にあるので、 > その圧力の結果、不登校になるまでの間、激しい心身症状を呈することが多いが、 > それは無理して学校に通っている間にもっとも顕著。 この文を少し訂正。 精神科医や心療内科医の中には「登校拒否」と「不登校」を分けて定義している人がいるが、 学校に行きたくないが無理して学校に行きつづけている状態も含めて「登校拒否」と呼び、 「不登校」はとうとう無理がきかなくなって学校を欠席した状態だというふうに区別する呼び方もある。 その呼称に倣えば「登校拒否」の子供たちはいわゆる「不登校=欠席」常態に至るまでに 周囲や社会からの登校圧力を感じてそれに応えようと自ら無理に登校している状態にあるので、 その圧力を感じている間、不登校に結果していなくても、無理に登校しながらも激しい心身症状を 同時に呈していることが多い。それは無理して学校に通っている間にもっとも顕著。
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973 :実習生さん[]:2013/12/14(土) 08:47:23.69 ID:5pPh4EEH - >>966
> 通学をやめればストレス要因の一部が取り除かれ、軽症化することはあり得る > 例えばうつ病でも休養が回復のサポートになることはありますから > > もちろん、運良くそのまま寛解へ向かう事例も中にはあるかもしれませんけど、 > 何も医療的な措置をしなければ、慢性化し再び悪化していくのが一般的です それがまさに稲村氏がかつて主張していたことそのものだったが、 で、いったいその根拠はどこにあるのかと専門家たちからも疑問の声があがった。 それまでの学会の常識を覆すものであったからだ。 彼らは不登校児童に対して強制収容所まがいの入院措置を施していたことが明らかになったが、 不登校児にとってはそうした措置は不登校の罰として刑務所に閉じ込めるがごとき意味に 感じられたに違いない。 何々療法と称そうが、現実には刑務所から出してもらうためには本人に学校に行くことを強いる 懲罰としての矯正形態になっており、その結果、彼らは必死で学校に通うようになっただろうが、 そうした無理やトラウマが長期的には将来に悪影響を与えることが当然懸念される。 彼は自らが撒いた種で悪い結果を導いていただけではなかったのか? このケースにかぎらず不登校の子どもたちは多くの場合かつて医療漬けにあっていた。 不登校から社会的ひきこもりになっていった子の多くが不登校をした直後に 医療機関なり精神保健センターなりを訪れていると思われる。 つまり早期介入の目にあっている。 そのため、不登校の子は学校へ登校する圧力から解放された後も「自分は異常ではないか」 ということに思い悩み、落ち込むようになった。こうした悪影響を上げればきりがない。 「登校拒否」「不登校」についていえば、 児童青年精神医学会のある医師が行った追跡調査では、 その後に医療機関に関わりつづけた群と医療機関から離れた群とに分けて データを集計したものがあり、医療機関から離れた群のほうが予後良好な人が若干多かった という結果が出ている、というのもある。
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975 :実習生さん[]:2013/12/14(土) 09:05:42.25 ID:5pPh4EEH - >>966
> そもそも、同じストレスを受けても発症する子としない子がいるんですよ > これは出社拒否と同じですね。個人によってストレス耐性は違うんですな > これには遺伝や生育環境、トラウマ等も影響しています それは不登校問題を個人病理に還元して、その問題の解決を個人の努力と 自己矯正に求めようとする今流行りの新自由主義的な「自己責任」論です。 ちなみに貴戸理恵さんはこれをお読みになっているだろうか。 彼女が流布した言説はかつての稲村言説を見事になぞっており、 東京シューレの人々が懸念を表明したとおり、再びこうした言説を活気づかせました。 彼女はその後、こうした言説への批判をせず、まったく放置したまま。 彼女の意図したとおりになったからでしょう。 当事者の一人として断言できます。シューレの批判は間違っていなかったと思います。 「同じストレス」ということは厳密にはないと思います。 たとえば、ホームスクーリングをしている家庭と、再登校を求める学校や治療機関 と一緒くたになって登校圧力を明に暗に行使している家庭とでは、登校へのストレスは ぜんぜん違ってくるのです。 ホームスクーリングの子が学校に通っていないにもかかわらず身体表現型障害などを 訴えないのは訴える必要がないからです。 それにもう一つの問題として、思春期くらいの年齢になると、大人の期待(親や学校や社会) の期待を内面化する自我が強化されてきますから、成長してくるほどこの葛藤によるストレス は激しいものになってくるでしょう。 そして親の期待に応えたいという気持ちが強い子ほど人一倍ストレスをしょい込むことになります。 これがかつて文部省や一部の専門家が「神経症的登校拒否」と呼んでいたものであり、 この一群が日本では中核群を占め、日本で異常なほどに多い一群となっているのです。 これは稲村氏でさえ言っていたことです。
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976 :実習生さん[]:2013/12/14(土) 09:22:09.39 ID:5pPh4EEH - >>969
文部省の定義は、当時の御用達だった稲村氏や教育学系の定義を採用したもので、 児童精神医学の経緯は踏まえていませんからね。 > 個人的には「不登校」とは「理由を問わず年間30日以上欠席」で良いと思います それだとあなたが否定していたホームスクーリングなどによる不登校も含まれますが、 いいんですかね? > 「精神疾患なら病名で呼べ」というのは賛成です。「ひきこもり」もそうですね > ただし、「なぜ不登校になったのか」を鑑別する必要はあると思います 「なぜ」というのをできるだけ問わない、理由のいかんにかかわらず再登校を目指させる というのが最近の医療機関や再登校主義運動の傾向のようですけどね。 そういう教育言説・医療言説が多くなってきています。依然として再登校ありきが先行しています。 フリースクールが主流になったことなどありません。これは大きなデマです。 再登校圧力が社会の主流を占めてきた中で社会的ひきこもりの問題も長期化し深刻化してきたのです。
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978 :実習生さん[]:2013/12/14(土) 09:40:32.71 ID:5pPh4EEH - >>969
> 不登校の全てが精神疾患の症状として起こる訳では無いが、症状の場合もあります 政策的に決定される不登校状態なるものに医学的症状を当てはめるというところに 精神医学の医学らしからぬ胡散臭さがあるのです。 ホームスクーラーで毎日積極的に図書館などに通っていても政策的に欠席扱いならば 不登校に違いないのですから、不登校それ自体を症状扱いするとめちゃくちゃなことになります。 医学ならば「それまでと比較した意欲や活動力の著しい低下傾向」とか 「それまでと比較した対人関係の著しい回避傾向」とか、そういった表現にするのが まだ通常医学に近く、もう少し中立で普遍的でしょう。 それでも厳密な中立性を担保できないので、 DSMですら診断基準の項目を単独で判断するようにはなっていないのです。 「不登校」をそれ自体で単独に症状と定義するのはあまりにも露骨に政治的すぎます。 精神医学の露骨な政治利用と言われても仕方ありません。
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979 :実習生さん[]:2013/12/14(土) 09:52:19.44 ID:5pPh4EEH - >>969
> DSMから引用すると、「症状は、臨床的に著しい苦痛、または社会的、職業的、 > または他の重要な領域における機能の著しい障害を引き起こしている。」 > 不登校はこの状態ですから、不登校は二次的症状とでも言うべきものでしょう そのDSMの記述は、医学的な症状と、そこから結果的に引き起こされる可能性のある 個人の苦痛や社会的事態をはっきり分けていることを証明する記述であって、 その社会的事態そのものを症状と定義しているという証拠ではなく、むしろ反証なるものだよ。 したがってそこから「不登校は二次的症状」という結論は出てこない。 登校拒否が学校への強い強迫観念(過剰適応行動)によって特徴づけられるものならば、 むしろ本人が「学校に行きたい」と表現しようが、それを阻止するのが行動療法ということになる。
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980 :実習生さん[]:2013/12/14(土) 10:07:58.67 ID:5pPh4EEH - >>966
> 不登校は原則では「誰でもなる」んですけど、人により「なりやすさ」は違う > それを「この子は優しいから不登校になった」と、ある種の選民主義に基いて > 解釈してきたのが、不登校団体・スクールなど「放置主義」の人たちであり、 > 一方で、「この子は心が弱いからだ」と差別してきたのが戸塚や長田でしょう 選民主義という点では、「学校に通っている子は優れたストレス耐性をもった子であり、 すべての人間を学校化するために不登校をこの世から滅ぼさなければならない、 というのこそまさにそれで、それこそネオナチ流の全体主義でしょう。 個人の選好を軽視し、それを社会システムへの適応的耐性の優劣に置き換えて対処し、 そこへむけてすべての個人の行動を統制していかなければならないとする全体主義に 精神医学を悪用しようとする潮流そのものです。
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981 :実習生さん[sage]:2013/12/14(土) 10:24:11.61 ID:5pPh4EEH - >>967
> >「登校拒否」の場合、それは登校圧力のせい。子供が無理に学校に通っている間はその症状が出る。 > > 登校圧力は「不登校が始まってから」親などにより起こるものだから、因果関係が逆だと思います > 暴力的圧力で症状が悪化する事はあり得ますが、不登校の前駆期・初期には既に症状が見られます 「不登校の前駆期・初期」をあなたはどう定義して言っているの? 登校拒否の子供たちは学校に行きたくないという強い思いを抱えながらも実際の不登校行動に至るまでに かなり無理して学校に通っていることが多い。 30日の欠席に至るまでにたとえ1日2日でも学校を休んだことが親や学校に分かればその時点で 問い詰められたりして登校への外圧が加えられることが多い。 それでなくとも思春期くらいになると、彼が育ってきた過程もふくめて登校圧力を学校・親・社会に よって強く感じ続けていたことがとっくに内面化されているので、自らも登校圧力強迫症になっている。 「神経症的登校拒否」とも呼ばれた精神医学概念上の「登校拒否」では特にそれが著しい。 > >ホームスクーリングやホームエジュケーションによって登校圧力からいくらか解放された > >子供にはそれらの症状がそもそも現れないか軽減されるか消失する > > 怪しすぎ。十分なエビデンスが無い。一時的に軽症化しても成長後に再発することはよくある > 医療的な問題による不登校の存在を否定しているのは正気の沙汰ではない。オカルト理論です 実際にイギリスの研究者が100例程の事例報告で証明したことですよ。 そちらの言い分こそなんの根拠も提示していない。到底科学的な反論とはいえない。
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982 :実習生さん[]:2013/12/14(土) 10:52:49.63 ID:5pPh4EEH - >>971
> >WHOは、向精神薬の処方が少ない開発途上国のほうが統合失調症患者の再発が > >少ないという研究報告をしている > > めちゃくちゃ胡散臭いですね。途上国側の統計に何か問題があったんでしょう 何の根拠も提示せずに、ただそう思いたいのはあなたの願望でしかありません。 > >早期発見早期治療のエビデンスが希薄だと述べているのはいまや近藤氏だけじゃない > > その医師は近藤には批判的ですよ。なんか不登校の関係者は反精神医療を越えて > 反医療になりつつあるようだが、そのうちホメオパシーとかに至りそうで怖いわ > http://healthbeauty.rightclicksright.net/data/frame_983055.aspx 近藤氏の主張のすべてに同意しているなどとは言っていませんよ。 その人が近藤氏に反論しているのは抗がん剤に効用の程度についてであって、 早期発見早期治療の強調がエビデンスの希薄なものであったことは認めています。 一般の人にも分かるところでその議論を引き起こしたのは近藤氏であって彼の功績でしょう。 >>980 ちなみにドイツの登校義務制度はナチス時代に設けられたもののようです。
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984 :実習生さん[]:2013/12/14(土) 11:02:20.17 ID:5pPh4EEH - >>966
その発想でいくと、前にも書いたとおり、被曝をした子の大半が甲状腺がんに罹患するわけじゃないから 甲状腺がんになった子の自己責任だとか、いじめられた子の大半が自殺したり不登校になるわけじゃないから、 自殺した子や不登校になった子の耐性の問題だという論理的帰着がもたらされる。 再登校原理主義者の主張をこうやって追及していくと、けっきょくのところ戸塚ヨットスクールの理屈を合理化 する論法に帰着していくわけで、その同じ理屈をもってくるしかなくなっているところに彼らの本性がある。
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986 :実習生さん[]:2013/12/14(土) 11:40:24.44 ID:5pPh4EEH - >>983
> 小児科などに連れて行って何も対応できず終了というのはよくあるパターンですね そこで終了ということはなかったよ。 登校拒否の子の親の特徴は必ず子が登校してくれることを強く期待しているので 当然のごとく登校圧力をその間強める一方なので子どもの体の不調の訴えは ますます酷くなり、いっこうに収まる兆候をみせず、大概は精神科や心療内科を受診する。 不登校がある程度認知されてくると児童相談所や精神保健センターへの通院を 学校から積極的に勧められるようになった。だから早期介入は過剰なほど行われていたよ。 社会的ひきこもりというより深刻な事態はそういう社会的圧力のなかで生み出され長期化していった。 > でも実際に精神科通院で回復して再登校などを果たしている例は無数にありますよ だからそれは精神科に通院した結果かどうか極めて疑わしい。 先にも書いたように比較データでは通院しなかったほうが若干予後良好でほぼ差がない。 稲村氏が治療の必要を唱えたときに児童精神科医から上がった異論の中には 稲村氏がいったいどんな治療をしたのかと疑問の声もあった。 べつだんなんの治療的処遇もせずに登校拒否の子たちが登校圧力によって事態を 深刻化させなければ再登校か進学に至るケースが大半であることを臨床的に経験した 医師たちにいわせれば、それはエビデンスに乏しい。
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987 :実習生さん[sage]:2013/12/14(土) 11:40:55.21 ID:5pPh4EEH - >>983
しかし問題は、近藤誠氏が唱えたことと同じで、そもそもそうした予後良好群とされるケースは 早期発見早期治療に頼らなくても、あるいは治療的処置を特に施さなくても予後良好だった かもしれないということだよ。 その一方で、そうした介入によってかえって社会不信を強化して深刻な社会的ひきこもり状態に 追い込まれていったケースがあったことを無視できない。 ホームスクーリング群ではそういうことは問題になっていない。 東京シューレの御用達だった渡辺位氏は登校拒否を健康な反応の一種だと唱えた精神科医だったが、 彼がそういう結論に至ったのは無根拠ではなかっただろう。 疾患を治癒させるためには症状を無理に抑えるべきでないことも多い。症状の大半は生理反応だからだ。 ちなみに渡辺氏にかかった登校拒否児童の転帰率(予後良好群)は他の医師に比べて極めて高い。
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989 :実習生さん[]:2013/12/14(土) 11:58:58.30 ID:5pPh4EEH - >>985
> だから不登校は二次的症状ですよね。二次的症状という概念を否定するなら別ですが 不登校が二次的症状だと言っているのは誰? ソースは? 登校拒否についてのその概念は渡辺位氏が提唱した「二次反応」の概念に端を発している。 不登校という「一次反応」に対して「二次反応」があると彼は称しているが、 これは時系列的というよりはメカニズムとして二重になっているという意味で唱えられている。 不登校を一次反応とすると、その状態に対する罪悪感や劣等感や 周囲の有形無形の登校圧力によって引き起こされる二次反応として さまざまな不安障害様症状の主訴や家庭内暴力や今でいう社会的ひきこもりなどが 引き起こされるメカニズムを彼は唱えた。 不登校に関しては渡辺位氏の概念がその概念のそもそもの根拠になっている。
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992 :実習生さん[]:2013/12/14(土) 12:13:32.80 ID:5pPh4EEH - >>985
> は?全く意味不明ですね。いじめとか学業不振とか様々なストレス体験があっても、 > それに対する反応は個人の持つ条件により違うという事実を言っているだけですよ > それはその子が道徳的に悪いとか弱いとかを意味しない。耐性に個人差があるだけ 「治すべき、改善すべき」対象と見なしていることは道徳的な良し悪しを決定していることだよ。 「道徳的」というのは要するに「行動面での統制」を加えようとする意図の別名。 、 特定の社会システムに合わない個人が存在し、そのシステムのために個人が不利益を被っている 事態が仮にあったとして、その問題を社会的・政策的に修正すべき問題であるとは認めたくないがために、 それ自体を個人の耐性(堪える能力)の欠如に還元して個人の治療的処置で解決するべきだとする。 けっきょくのところ学術的な衣を着た政治的自己責任論にすぎない。 「不登校は個性の問題であり、その個性を弾圧する社会システムの硬直性が個人に損害をもたらしている 問題だという見解、渡辺位氏をはじめとする精神科医らが唱えた見解にあなたは否定的なわけだからね。
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993 :実習生さん[]:2013/12/14(土) 12:29:44.82 ID:5pPh4EEH - >>991
> 渡辺位ねえ。研究対象に感情的に入れ込むあまり客観性を失う人がいるけど、 > 精神科医や小児科医にも昔からそういう人が少数いるようなんだよねえ 客観性を失ったのは果たしてどっちなのやら・・・ 政治的判断によって左右される社会システム上の概念である不登校という一次反応 それ自体については社会の問題・政治の問題に任せて、 精神医療は純粋に二次反応、とくに不安障害様反応の緩和においてのみ その役目を果たすという、もっとも正統な精神科医師としての立場をあくまでも貫いた人物ですよ。 精神医学をイデオロギー的目的(不登校の矯正)のために利用することから距離を置いた人物です。 > 斎藤環は他の理由から支持しないが、これについては全く正しいことを言っている > 「ひきこもり」を「不登校」に変えればそのまま通じますな > http://www.heartc.com/conversation/BK/13/index.html > >話を戻すと、不登校をめぐるイデオロギー闘争がひきこもりに持ち込まれているわけです。 > >上の世代の精神科医の間では、全共闘崩れが幅を利かせていて、彼らは「あの稲村博」の門下生である > >私のようなけしからん精神科医が、善良なひきこもり青年たちを拉致監禁して矯正しようとしていると > >批判し続けています。(中略) この疑念や批判は正当なものでしょう。事実をイデオロギー視する意見こそもっともイデオロギー的なものです。 彼はけっきょく社会的ひきこもりという概念を「ニート」という概念とほぼ合致するほどリンクさせている。 ニートの医療化の問題は『「ニート」って言うな!』が告発しているとおりです。 ここにも不登校と同じ問題が潜んでいます。
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994 :実習生さん[]:2013/12/14(土) 12:40:29.96 ID:5pPh4EEH - >>991
> >ところが彼らは、「ひきこもれ」と言っているわけですよね、恐ろしいことに。徹底してひきこもったら、 > >いずれ帰ってくるんだという、まったく根拠が無いことを提唱して、一部の母親に受けている。 > >おめでたい以上に危険です。そこを批判すると、またすごく怒って反発してくると言う、 > >非常に不毛な状況がありますね。 > (中略) > >ひきこもりは間違っていないと。病気ですらないと。むしろ意志的に選択された正しい行動だから、 > >専門家ごときが邪魔しちゃいかんみたいなことを言うわけですよね。 そのどこが間違っているのか危険なのか斎藤氏は説明できない。 むしろ、ひきこもりを危険視する社会の目線を強めることがさらに危険であるという認識が 彼には欠如しているか、知っていてわざと隠ぺいしているか、二枚舌を使っている。 これはおそらく高岡健氏のことを指しているのだと思われるが、 高岡氏はおそらく、社会的ひきこもりの人が彼のところを受診しに来たら彼が言ってであろうことを 書籍などを通じて発しているように見える。つまり、書籍を通して診療と同じことを実践している。 それに彼の書籍をよく読むと、彼は放置すればいいとは言っていない。 彼がいう「引き出し屋」とは距離を取ってまったく別の視点で当事者に接するような第三者の 存在が有効だと再三にわたって唱えているし、彼もそういう役割を担おうとしている。 それからひきこもり状態から社会復帰したいと思った人がその時点で利用しやすいリソースや 援助が必要だということも書籍で唱えている。 彼は「引き出し屋」による介入が多面的な意味でもっとも「危険」だということを主張している。
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995 :実習生さん[]:2013/12/14(土) 12:56:32.90 ID:5pPh4EEH - >>990
> あなたかあなたの親は進歩的だったんでしょうが、80-90年代の精神科は今とは比較にならないほど > 受診の心理的ハードルが高く、親子とも精神科の受診には極めて消極的でした それにもかかわらず、学校は心の専門家に診てもらうことを親に勧めたのです。 なんの疑問も知識も持っていない親はまず学校の言われるままにそうしますよ。 子どもが身体症状を訴えるからと小児科などを転々とした親たちも結局は医師から心の問題の 疑いが高いと伝えられると医者に言われるままに精神科や心療内科への受診をしたのでした。 親の会ではそういう事例が山ほど集まっていましたよ。精神科で薬漬けや家族療法漬けになって 親の会やフリースクールにやってくるケースが普通だったのです。レアケースでは決してありません。 実際、奥地氏らの親の会でさえ、子どもの不登校で精神科に通う親たちが院内に作ったもので、 大概はその筋の専門家経由でたどり着くところでした。フリースクールもそうです。 不登校をしたから最初っからフリースクールという子は非常にレアなケースでした。いまもそうでしょう。 フリースクールの絶対数が少なすぎます。 フリースクールを利用したい子どもたちや若者たちがまず第一に地理的条件などから利用しづらかったのです。 東京シューレのような本格的な設備をもった学習施設である必要はありません。 便乗してできたフリースクールの多くは東京シューレとは違い、再登校促進主義的なところが多いため、 不登校の子自らが行きたいと決心できるような場所ではなく、むしろ恐れを抱くようなところが多いのが現状です。
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996 :実習生さん[]:2013/12/14(土) 13:08:07.02 ID:5pPh4EEH - >>988
> 自殺しやすい子や不登校になりやすい子はいますよね。それは認めてほしい > 誰もそれが自己責任だなんて言ってないから 治療主義者は事実上言っているでしょ。社会の問題ではなく個人の問題だって。 それを健康の反応のバリエーションの一種だとは見なさないから、 その子自身を行動上矯正すべき治療の対象と見なす。 要するに「個人が直るかどうかの問題」だと。これを自己責任論といわずして何と呼ぶ。 「耐性の欠如」という言説はまさしく個人の「甘え」だとか「わがまま」だとか 「忍耐力が足りない」「努力が足りない」という俗世間的な言い方を ちょっと高級に言い表しただけのものにすぎない。 「甘えはその子の脳の異常によるものだ」と言い方を変えても同じこと。 問題の本質を個人の自己矯正にもとめる発想を自己責任論と呼ぶ。 認めるなら個性として認めればいい。個性と主張して個性を受け入れられない 社会の問題点を指摘する人たちをイデオロギー呼ばわりして批判すべきではない。 個性に抑圧的な社会システムが問題になってくるだろう。
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997 :実習生さん[]:2013/12/14(土) 13:09:09.02 ID:5pPh4EEH - >>996
訂正:問題の解決策を個人の自己矯正にもとめる発想を自己責任論と呼ぶ。
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