- † 賛美歌・聖歌 †
309 :リンゴ ◆rF4oRKN4uo [sage]:2012/06/04(月) 00:02:53.78 ID:RunGWJNR - アンチ聖歌は相変わらず何度も使いまわしたコピペ文章によって自らの能無しぶりを披露しているようだが、
実際アンチ聖歌には、とうに手の内はなくなっているのであろう。 コピペ以外に書き込む事と言えば、幼稚な、程度の低い誹謗中傷ばかりである。 「キモヲタ聖歌信者はマジウザい」その事に対する復讐を大義名分にしているものの、 現実にはアンチ聖歌がやらかしている事は、それを遥かに凌駕する悪質な行為であり、 同じような内容を繰り返している。相手にして貰いたいのだが、相手にする者も、もはや荒らしのみで、 引出しに何も残っていないのが、この退屈なアンチ聖歌の現状であろう。 もっとも、アンチ聖歌は元から引出しの数が異様に少なく、数々の無知を晒している事も手伝い、 アンチ聖歌の退屈さも時としてネタになるという要素も存在しているのは事実だが。 聖歌の石化・ミスリードに終わったことを引き合いに出し、まるで自らが勝利したように装ってみせているが (それ自体が激しい矛盾に満ちている事は、数々の書き込みから明らかではある)、アンチ聖歌が度々出してくる 「現実」を詳らかにすれば、アンチ聖歌と対立構造にあるのは聖歌信者ではなく関連サイト住人であり アンチ聖歌は全く勝利などとは無縁のみすぼらしい状態を晒し続けているに過ぎない。 程度の低い生活を誇ってみせ、勝利を口にしながら不満を隠しきれず、不自由な文章表現、 そして、本来は最大の要素であっていい筈の作品そのものに対する知識・造詣は著しく乏しい。 嘲笑され、オモチャと化している状況下で勝利を口にする事の滑稽さ、これは退屈な人間である。 アンチ聖歌の、捨て身の一発ギャグと言ってもいいかもしれない。 しかし、一発ギャグも繰り返せば飽きられる。その匙加減が読めないあたりが、 アンチ聖歌の非常に低い低い限界なのであろう。
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- † 賛美歌・聖歌 †
310 :リンゴ ◆rF4oRKN4uo [sage]:2012/06/04(月) 00:09:25.40 ID:RunGWJNR - 「自分を中傷しているのは聖歌信者であって自分自身のアンチではない!」
アンチ聖歌は、そう信じ続ければそれが「現実」になると思っているのだろうか? 何十年も生きてきて、未だ「現実」を受け入れる能力が著しく欠けている事をこうやって露呈させている訳である。 「現実」はこの馬鹿で憐れな荒らしのアンチばかりであり、そもそもどうでもいい聖歌の話を持ち出す 人間そのものがごく少数であるという「現実」が全く見えていないあたりに、 妄想と、それに基づく妄言ばかりのアンチ聖歌の「現実」が浮かび上がるのである。 アンチ聖歌のくだらない書込みに、極端に個人が少ないのは、現実に他の人間との接触が極端に少ない事の 証明に他ならず、そして、それは奴らの「虚言癖」「妄言癖」に起因するものではないだろうか。 元々他者との接触を嫌う傾向が垣間見えるのであるが、そもそも友人や恋人が存在していれば、 それらの要素は軽減されてゆくものである。アンチ聖歌には、友人や恋人を作る能力が欠如している、 それは何ゆえだろうか? 一連の書き込みを見れば明確。アンチ聖歌から信用に足る人物像が浮かび上がる訳もない。 アンチ聖歌は「現実に於いても虚言、妄言を繰り返し、自ら人を遠ざけているのではないか」と推測する。 現実で他者との接触が少ないからここにそれを求めているようだが、その歪んだ性格からはネット上でも 決して正常な関係を築く事など不可能ではある。この孤立した現状がそれを如実に物語っている。
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311 :リンゴ ◆rF4oRKN4uo [sage]:2012/06/04(月) 00:15:15.50 ID:RunGWJNR - 最近のアンチ聖歌が安直に過疎スレに逃げ、退屈な事しか書けない理由の1つに「無知の地雷を踏む事」を
恐れているから、という側面があると思う。所謂「知ったかぶり」をして恥をかくというパターンである。 アンチ聖歌はこれをずっと繰り返してきた訳だが、さすがに少しは学習したか。 しかし、この回避を試みるとなると、ただでさえ薄い人格が更に薄く見えてしまう。 アンチ聖歌的には「博識で人を見下す立場にある自分」を演出したいところであろうが、 如何せん、無理があるゆえに幼稚な中傷に終始せざるを得ないという訳だ。 しかし、アンチ聖歌が「無知で虚勢を張っているだけの滑稽な存在」である事は皆が承知するところである。 今更繕える体裁など微塵も存在していないのだから、もっと笑わせて貰いたいものである。 相変わらず朝からアンチ聖歌の水増しパターン、草生やし品性下劣パターンが炸裂しているようだが、 アンチ聖歌の何らかの「まともな人間の知性」を見せる事が、果たしてあるのだろうか? 精一杯、知的人間である事を気取ろうとしているようである長文コピペは、実のところ無駄に長い分、 支離滅裂で同じ事をぐるぐると繰り返すだけの駄文である場合ばかり。 まるで書く事がないので水増しを試みた小学生レベルの読書感想文のような代物である。 元々知性に欠けるアンチ聖歌が、自らよりも知性を持つ相手に対して (つまり殆どの人間に対して、という状態な訳だが)、いくら体裁を繕ったところで、 それが「馬鹿の背伸び」であると気付かないのはそれを書いた本人くらいである。 小物ぶりを晒すアンチ聖歌が、自身が追い求める自分の影より大きくなれる事は永遠に無い。 そこに気付かぬ愚かさが、周囲に、いやみんなに迷惑をかけている。 世の中には様々なルールが存在している。法律以外にも1つ1つの事柄にルールがある。 アンチ聖歌は法律を含め、ルールを守るという意識が大きく欠如している。 自分が満足すればルールは守らなくてもいいというこいつらの考え方は、犯罪者的な気質であると言える。 時として聖歌信者や視聴者たちを犯罪者のレッテルを貼るが、 実のところアンチ聖歌こそが最も犯罪者的な側面を持っているのではないだろうか。
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312 :リンゴ ◆rF4oRKN4uo [sage]:2012/06/04(月) 00:27:11.14 ID:RunGWJNR - 過疎サイトや過疎スレを荒らしているのは、アンチ聖歌という卑劣な人間の「逃げ」の形なのであろう。
自分用のスレを幾つも立てるという愚かしい行為を行った上で都合が悪くなると逃げ出し、 他の過疎スレを荒らした上で、得意気に荒らし行為を自慢する始末。見下げ果てた奴である。 アンチ聖歌は様々な自分で自分を称える言葉を書き連ねるが (そもそもアンチ聖歌自身以外に自身を称える人間など皆無であるのは火を見るより明らかではあるが)、 それとは裏腹にひたすら姑息で卑劣な行為ばかりが目立つ。度々勝利を口にするが、 実際のところは全く勝負そのものが出来ない、「正々堂々」とは無縁のコソコソとした行動しか取れない、 性根の腐った人間である。人生そのものを逃げ続けているがゆえに 現在の「アンチ聖歌」が形成されているとも言えるであろう。 リアルとネットで人格を使い分ける人間も多いが、アンチ聖歌の場合、その文面から愚鈍さが表出しており、 そこまで器用な人間ではない、リアルでもこの程度だという事は明白である。 アンチ聖歌が人間的な魅力を一切持てない理由、アンチ聖歌自身は全く理解できないだろうが、答えは簡単である。 アンチ聖歌が放つのは非難・否定・悪口・愚痴・誹謗中傷・虚言・妄言・差別用語等のひたすら負の言葉で、 発展的要素の無い、何の温か味もない冷血人間であると自ら喧伝しているような状態である。 これに該当しないのはせいぜいくだらない自慢話程度のものであり、 アンチ聖歌の 「いいところ」というのを窺い知る事は到底出来ない。自らの魅力を上手にアピールするのも 能力のうちなのだが、アンチ聖歌からはそれが欠落している、と言うより全く育たなかったようだ。 アンチ聖歌のコミュニケーション不全が、かなり幼い頃から継続していた事を表していると言っていい。
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313 :リンゴ ◆rF4oRKN4uo [sage]:2012/06/04(月) 23:55:35.60 ID:RunGWJNR - 毎日いつもの通り、勤務中に書き込み工作という作業を繰り返しているようである。
人として恥ずべき行為を、本人がそれと自覚できないのは既に皆が知る事として、 問題はこの愚行を許してしまうアンチ聖歌の周囲の在り様である。一体、アンチ聖歌を受け入れた学校・会社は どれだけ社会的意識が低いのか、アンチ聖歌の親や親族はどれだけ無責任であるのか。 現在の反社会的人間であるアンチ聖歌を形成しているのは、アンチ聖歌と共に周囲にも原因があると見られる。 アンチ聖歌にモラルを守る事の重要性を全く教育しなかった親のその責任は重大であるが、 周囲からも厄介者扱いをされ、放置されているのではないだろうか? 正常な教育を受けていない人間を放置する事は大変危険である。自己の身勝手な価値観に基づき、 安易に犯罪行為に走る危険性を秘めている。現在のアンチ聖歌の言動を見れば、 その予兆は随所に表れている。成人しているとは言え、中身は幼児と変わらぬレベルのアンチ聖歌を、 周囲は責任を持って監視下に置いて貰いたいものではある。 アンチ聖歌も、もはや学歴や国籍に縋るしかない状況のようだが、だからどうしたというレベルでしかない。 アンチ聖歌は本当に誇れるものなど何も無く、何も残っていないというのは一目瞭然だが、 それを判っていながら認めたくないという悪あがきが今のこの醜態となって 表出しているという事なのだろう。 アンチ聖歌は(実際には世に殆ど存在しないと思われる)「自らよりも劣った敵」を妄想し、 戦うという幻想を作り出している。 しかし、その妄想とすら上手く戦えていないというジレンマに苛まれている。 その馬鹿げた葛藤を外部に垂れ流す無様さを、少しは自覚したらどうだろうか?
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