- 【尖閣問題】日本は中国に謝罪させろ
447 :名無しさん@お腹いっぱい。[]:2014/01/10(金) 04:24:49.17 ID:qAWp595QO - ☆キリスト教世界の総本山であるヴァチカン、サンピエトロ大聖堂にはローマ法王の手によって
かつてABC級戦犯として裁かれた日本人が全て祀られています。 現在その位牌は靖国には無く、総本山ヴァチカンのサンピエトロ大聖堂に祀られています。 ローマ法王庁・ヴァチカンには、昭和の殉難者(戦犯とされた)1068柱の霊が祀られている。 連合国の手で「戦犯」として裁かれたABC級すべての日本人「法務死」者の霊が、 世界のキリスト教カトリックの総本山ヴァチカンに、 他ならぬローマ法王によって祀られたのである。 その多くはキリスト教信者であった連合国側にとって、これほどの皮肉はない。 皮肉というよりは、勝者の驕りに対する「神の戒め」であるとも言えよう。 時のローマ法王・パウロ六世に、(戦犯とされた)日本人殉難者のためにミサを、と訴えたのは仏教徒の仲田順和師であった。 昭和五十(1975)年にヴァチカンを訪れた折に、かねてより心を痛めていた「戦犯とされた人々」の鎮魂と慰霊のために、 宗教の違いを超えて願い出たのである。 先代座主でもあった順海大僧正は、学徒兵や殉難者の法要を欠かさず、 「七戦犯の鐘」など慰霊の鐘も護持している先代座主の遺志をついだ品川寺の仲田順和師の願いを、パウロ六世は快く承諾した。 しかし、喜んで帰国した順和師にその後届けられたのは法王の訃報であった。 その後を襲ったパウロ一世も急逝し、異教徒の願いは空しく閉ざされたと思われた。 その順和師のもとに、ヨハネ・パウロ二世から親書が届けられたのは五年後の昭和五十五年四月、 内容は「五年前の約束を果たしたい」との思いもかけぬものであった。 ローマ法王庁は、異教徒の願いを忘れてはいなかったのである。 パウロ六世の真心に応えようと、帰国直後から作製を依頼していた五重塔に 殉難者千六十八柱の位牌を納め、ヴァチカンに奉納されたのは同年五月のことである。 五月二十一日には仲田・星野両氏も参列し、法王パウロ二世のもと 昭和殉難者のための荘厳なミサがヴァチカンでとり行われた。 ☆米国や欧州、中南米や(中韓以外の)アジア諸国に靖国を理解してもらうには この事を説明するのが一番だと思われます。 日本の政治家、一般日本人はこの(メディアが隠す)事実を認識し世界に広く伝えるべきです。
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- ☆尖閣・反日デモ・軍事衝突・日本脳
188 :名無しさん@お腹いっぱい。[]:2014/01/10(金) 04:30:11.63 ID:qAWp595QO - ☆キリスト教世界の総本山であるヴァチカン、サンピエトロ大聖堂にはローマ法王の手によって
かつてABC級戦犯として裁かれた日本人が全て祀られています。 現在その位牌は靖国には無く、総本山ヴァチカンのサンピエトロ大聖堂に祀られています。 ローマ法王庁・ヴァチカンには、昭和の殉難者(戦犯とされた)1068柱の霊が祀られている。 連合国の手で「戦犯」として裁かれたABC級すべての日本人「法務死」者の霊が、 世界のキリスト教カトリックの総本山ヴァチカンに、 他ならぬローマ法王によって祀られたのである。 その多くはキリスト教信者であった連合国側にとって、これほどの皮肉はない。 皮肉というよりは、勝者の驕りに対する「神の戒め」であるとも言えよう。 時のローマ法王・パウロ六世に、(戦犯とされた)日本人殉難者のためにミサを、と訴えたのは仏教徒の仲田順和師であった。 昭和五十(1975)年にヴァチカンを訪れた折に、かねてより心を痛めていた「戦犯とされた人々」の鎮魂と慰霊のために、 宗教の違いを超えて願い出たのである。 先代座主でもあった順海大僧正は、学徒兵や殉難者の法要を欠かさず、 「七戦犯の鐘」など慰霊の鐘も護持している先代座主の遺志をついだ品川寺の仲田順和師の願いを、パウロ六世は快く承諾した。 しかし、喜んで帰国した順和師にその後届けられたのは法王の訃報であった。 その後を襲ったパウロ一世も急逝し、異教徒の願いは空しく閉ざされたと思われた。 その順和師のもとに、ヨハネ・パウロ二世から親書が届けられたのは五年後の昭和五十五年四月、 内容は「五年前の約束を果たしたい」との思いもかけぬものであった。 ローマ法王庁は、異教徒の願いを忘れてはいなかったのである。 パウロ六世の真心に応えようと、帰国直後から作製を依頼していた五重塔に 殉難者千六十八柱の位牌を納め、ヴァチカンに奉納されたのは同年五月のことである。 五月二十一日には仲田・星野両氏も参列し、法王パウロ二世のもと 昭和殉難者のための荘厳なミサがヴァチカンでとり行われた。 ☆米国や欧州、中南米のキリスト教世界の人々、 東南アジアほか全ての国々に靖国を理解してもらうには この事を説明するのが一番だと思われます。 日本の政治家、一般日本人はこの(メディアが隠す)事実を認識し世界に広く伝えるべきです。
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- 社民党は竹島や尖閣諸島のことをどう考えているのか
23 :名無しさん@お腹いっぱい。[]:2014/01/10(金) 04:32:42.30 ID:qAWp595QO - ☆キリスト教世界の総本山であるヴァチカン、サンピエトロ大聖堂にはローマ法王の手によって
かつてABC級戦犯として裁かれた日本人が全て祀られています。 現在その位牌は靖国には無く、総本山ヴァチカンのサンピエトロ大聖堂に祀られています。 ローマ法王庁・ヴァチカンには、昭和の殉難者(戦犯とされた)1068柱の霊が祀られている。 連合国の手で「戦犯」として裁かれたABC級すべての日本人「法務死」者の霊が、 世界のキリスト教カトリックの総本山ヴァチカンに、 他ならぬローマ法王によって祀られたのである。 その多くはキリスト教信者であった連合国側にとって、これほどの皮肉はない。 皮肉というよりは、勝者の驕りに対する「神の戒め」であるとも言えよう。 時のローマ法王・パウロ六世に、(戦犯とされた)日本人殉難者のためにミサを、と訴えたのは仏教徒の仲田順和師であった。 昭和五十(1975)年にヴァチカンを訪れた折に、かねてより心を痛めていた「戦犯とされた人々」の鎮魂と慰霊のために、 宗教の違いを超えて願い出たのである。 先代座主でもあった順海大僧正は、学徒兵や殉難者の法要を欠かさず、 「七戦犯の鐘」など慰霊の鐘も護持している先代座主の遺志をついだ品川寺の仲田順和師の願いを、パウロ六世は快く承諾した。 しかし、喜んで帰国した順和師にその後届けられたのは法王の訃報であった。 その後を襲ったパウロ一世も急逝し、異教徒の願いは空しく閉ざされたと思われた。 その順和師のもとに、ヨハネ・パウロ二世から親書が届けられたのは五年後の昭和五十五年四月、 内容は「五年前の約束を果たしたい」との思いもかけぬものであった。 ローマ法王庁は、異教徒の願いを忘れてはいなかったのである。 パウロ六世の真心に応えようと、帰国直後から作製を依頼していた五重塔に 殉難者千六十八柱の位牌を納め、ヴァチカンに奉納されたのは同年五月のことである。 五月二十一日には仲田・星野両氏も参列し、法王パウロ二世のもと 昭和殉難者のための荘厳なミサがヴァチカンでとり行われた。 ☆米国や欧州、中南米のキリスト教世界の人々、東南アジアほか 全ての国々に靖国を理解してもらうには、この事を説明するのが一番だと思われます。 日本の政治家、一般日本人はこの(メディアが隠す)事実を認識し世界に広く伝えるべきです。
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