- なぜ清朝は数百年中国を支配できたのか? [転載禁止]©2ch.net
34 :名無しさん@お腹いっぱい。[sage]:2017/12/03(日) 15:21:56.36 ID:an71ViMp0 - 清が長く安定したのは十善武功があったから
そして日本が島津重豪の時代、欧米教育化と近代化を研究するステップにあるにも関わらず、未だ十善武功とかやってたから遅れた。 日本は十善武功が始まる前に、大々的な社会政策や農地改革で飢饉リスクを大きく減らす(1710-1750年)、19正規末に洋楽+洋学研究という研究学問が成立して、小学校教育が始まる その差なんだよ。日本で言うと、信長、秀吉の統一みたいな事業を17-18世紀の100年かけて10ぜんぶこうをやって、やっと18世紀に実質的な全土平定できるわけじゃん ここまで遅れた国で科学研究や教育に遅れたから滅びる。そして原始人の中国は王を含めて、遅れた18世紀の中国を世界一と錯誤してた とっくに世界一でもなんでもなくなった。 でアヘン戦争までの50年日本が重要な学科研究をしてたら、日本で言うと17世紀の安定感的な状況で、教育や研究に目を向けなかった。 でアヘン戦争→アロー戦争にまけるまで白人文明とその脅威を知らなかった 日本はナポレオン戦争でオランダが破れて、国交停止まで行ってしまって、オランダ経由で白人の二大国の脅威とパワーゲーム危機提唱をされてた。 アヘン戦争前に「近代軍で武装した世界最強のりく国家ロシアと、最強艦隊でななつの海を支配するイギリス」って超大国の存在を知ってた ロシアと領土紛争があったこともあって、巨大な国が控えてるって知識で知ってた。 そしてその欧米脅威とその研究をしてた前提があったから、アヘン戦争のときも「ついに覇権国家のイギリスがアジアにまで手を出した」って前提知識があったから状況を理解できたの 中国やチョンは田舎の弱小国で、もうこも相手にならないがイギリスやロシアは世界覇権の化物だ こういう国際情勢を1830-1850年代に知ってて、そこで黒船来航下から、黒船来航→10年後の倒閣の前に 「二大覇権国があり、5列強があり、中国、日本は弱小だ」って世界情勢をしって政治を進められた たいして中国は大馬鹿だから、アヘン戦争に負けたあとも最強国家に負けたんじゃなく、辺境の海賊に負けたと盲信してた。 そしてアロー戦争でいよいよ連中は普通じゃないと理解して、欧米覇権を理解したのは日本が明治時代入ってから それも日本で徳川の時代がおわって日本が近代化したのを目の当たりにして、やっと大慌てで近代化に挑んだ。 けど社会の教育、経済、インフラ水準が遅れたままで、軍などの部分近代化しかできないから中国は躓いた 中国は表面帳尻近代化しかできなかった
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