- 【六朝】魏晋南北朝【五胡十六国】
923 :名無しさん@お腹いっぱい。[sage]:2011/05/21(土) 16:56:58.24 ID:woSYNYFx0 - 淝水の戦いの考察(第5回)
続々と前秦の主力が集結しつつある状況にあって、謝玄は決戦を求めます。 前秦の首脳部も同様に決戦志向でした。下手に東晋側が守勢に入って、対峙が長期化すれば 前秦側も軍を保持しえなくなるおそれがあったからでしょう。何より、梁成の軍を壊滅させられ 形勢は東晋側に傾きつつあります。主導権を取り戻すためには、決戦で謝玄を屠り去り、前秦の 威容を天下に示すほかありません。 秦将の中には、短期決戦に反対する意見もあったようです。私も、個人的な意見としては、 長期戦に切り替えて、再度、東晋を両翼から包囲するように軍を再編成する必要があったと思い ます。(間接アプローチ戦略になりますが、京口正面及び江陵正面へ兵力を回して、圧迫を 加えることができれば、北府・西府両軍にかなりのプレッシャーを与えることができたはずです。 しかし、これをやるとなると後方連絡線・策源地域からもう一度設定しなおさなければならない から相当骨が折れる話ではあります。)ここに来て、長江上流域から圧迫を与えることができない と言う状況がじわりじわりと前秦の作戦を硬直化させていきます。 苻堅は、東晋軍が想いの外精強だったことに弱気に陥ってます。ただし、ここで苻堅が心配した のは、東晋軍が決戦を回避し、防勢転移して強力に前秦の侵攻を阻止する態勢になった場合を 想定してのことだと思います。(決戦自体はおそれていない。)「東晋軍の主力を逃したくなかっ たからこそ寿陽まで急行したというのに……。主力が到着〜態勢完了してから攻撃に打って出る か否か。東晋軍は見積もりよりも遥かに手強い、攻撃が成功する公算は高くない……。」 東晋軍にしてみれば、後は頑強な防御戦闘によって前秦軍主力の侵攻を阻止さえできれば、 本戦役での判定勝ちは狙える態勢に持ち込んでいます。無理して冒険する必要性はあんまり なかったりします。ただし、ここで前秦の外征能力を削れるだけ削っておかなければ、いずれ 前秦軍の戦力が快復されたとき、再度の侵攻が企図されることは免れ得ません。 今次の戦役では、謝安の妙手により終始、主導権を握りつつ戦を運んでくることができ ましたが、果たして次の戦役でも同じく駒を進めることができるかどうか。 謝玄の脳内には、勝利への算段は既に組み立てられています。梁成を撃破した際に披露した 渡河状態からの突撃による集結未完の前秦軍に対する正面突破です。彭超・梁成たちを血祭り に上げてきた水上機動による強襲、何度も何度も練成を重ねてきた東晋軍の卓越した技能です。 才知溢れる前秦の数多の将星たちにして、決して覆すことのできない東晋の軍事的優越、 これを最大限に発揮するため、謝玄は彼自身にとって似つかわしくない奇策を弄すのでした。
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924 :名無しさん@お腹いっぱい。[sage]:2011/05/21(土) 18:44:30.65 ID:woSYNYFx0 - 淝水の戦いの考察(その6)
「君遠涉吾境、而臨水為陣、是不欲速戦。諸君稍卻、令将士得周旋、僕與諸君緩轡而観之、 不亦楽乎!」 凄い喧嘩の売り方です。要訳すれば「さっさと決着を付けようか。」 華北の覇者に対してここまで挑発的な申し出をする当たり、何だかんだ言ってやはり謝安 の甥と言わざるを得ません。この申し出には文面どおりの意味のほかに、もうひとつの意味 が備わっています。 もし、前秦側がこの申し出を拒否した場合、東晋側によってその内容が(事の真偽にかか わらず)世間に喧伝されてしまう可能性があったことです。武力によって覇業を推し進めて きた苻堅にして見れば、そのような侮辱を甘んじて受け入れることは不可能と言ってよく、 諸将が挑発に乗らない(「渡河しなければ勝てます。」)ように意見具申してきたときも、 即座に退けています。東晋との決戦を回避するということは、すなわち東晋侵攻作戦そのもの が、はじめから無理があったと自供するようなものでしたから。 まあ、ここでの諸将の反応もいただけません。北府軍の疲弊を待つ算段かもしれませんが、 ここまで鍛え上げられた北府軍に対し、どうやって締め上げるつもりだったのでしょうか? (精鋭を選りすぐった上に、士気・練度とも最高潮といって良いでしょう。) 明らかに長期戦になった場合、先に前秦軍の補給が音を上げるのは不可避、勝ちに行くので あれば、ここは決戦以外に選択肢はありません。(勝たないで良いのであれば、決戦する必要 はどこにもなかったりしますけどね。一刻も早く撤退するか再編するべきだったと思います。) 苻融は怪訝に思ったことでしょう、この状況(東晋優位の態勢)でなぜ決戦に拘るのか。 @謝玄は前秦に対して連戦連勝、勝ちに乗じて(調子に乗って)戦果を拡張しようと企てた。 (謝玄=勇猛果敢な猪武者) A決戦は擬態で、その実、梁成を破った際に見せたように、主力又は別働隊により前秦軍 主力の後背を叩く作戦(謝玄=巧妙な策士) Bこの申し出はただのブラフであり、前秦軍の足並みを混乱させようとする小手先の計略 (謝玄=狡猾なペテン師) 考え始めたらキリがありません。前秦は受けざるを得ない状態にありましたし、こんな約束 守る必要なんてどこにも無いのですから、後退した振りをして逆撃を食らわせてやれば いいだけです。前鋒だけでも20万近く集結しているのですから、正面決戦で負ける要素なんて 皆無と言ってよいでしょう。そもそも東晋が淝水を渡らざることを憂えていたのに、向こうから まんまと渡河したいなんて言って来ること自体奇跡のようなものです。正に渡りに船、鴨ネギ といったところ。 おそらく前秦首脳部の謝玄に対するイメージは、@だったと思います。「戦勝に浮かれて前秦 軍を舐めてかかっているのだろう。実力相応、無理からぬことだ」と。 しかし、彼らは気づくことができなかった、自分たちが知らず知らずのうちにそのような 思考に誘導されていたことに。渡河(移動)状態から突撃に移行する際の最大の問題点は渡河の 出鼻を挫かれてしまうことです。ゆえに、ある時は夜陰を利用し、またある時は敵の予期しない 手段で(たとえば寡兵で、あるいは渡渉地点を巧妙に欺騙して)渡河を図るのです。 前秦首脳部は目の前にぶら下げられた餌(喪失しかけていた勝機)に釣られて、東晋軍の真意 を読み取ることを放棄しました。 渡河を阻むものは全て排除されました。もう謝玄に迷いはありません。この瞬間、東晋最強の 武名は桓温から謝玄へと名実ともに引き継がれることになったのです。
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925 :名無しさん@お腹いっぱい。[sage]:2011/05/21(土) 20:04:55.62 ID:woSYNYFx0 - 淝水の戦いの考察(最終回)
長々と駄文を綴って来ましたが、結論としては、東晋側が仕掛けた心理戦がとても巧妙だった というところでしょうか。前秦軍は決して惰弱な軍ではありません、否、華北を席巻したその 軍事力は十六国随一と言って良く、東晋が敗亡する可能性は十分にありました。 東晋の勝因は、「考え得るあらゆる手段を講じた」ことに尽きます。ひとつでも欠けていたら おそらく戦勝を獲得することは叶わなかったでしょう。 淝水の戦いを扱き下ろす人は多いのですが、彼らは前秦軍は負けるべくして負けたかのように 評すことが多いです。(特に李衛公問対の著者、オメーだよ。)大きな敗因は、渡河突撃の威力を 推し量りかねたところにあると思います。迅速さ・激烈さ、どれをとっても申し分ありません。 また、偽後退→逆撃のコンボは、熟練した技量、指揮官の卓越した統御が必要になります。寿陽 まで進出した前秦軍にこの複雑な戦術を末端の一兵卒まで浸透させるには時間が足りませんでした。 軍主力の集結未完の状態で敗走に入ったことも、被害を大きくした要因のひとつです。第一線 部隊は下がらなければ東晋軍の突撃を抑えきれない状態なのに、後ろでは友軍が続々と集結中 だったのですから、身動きが取れなくなってしまったはずです。後ろは後ろで、何で決戦なのに 退却し始めているのか、第一線の状況がほとんど理解できなかったことでしょう。 無為無策というよりも(作戦自体は妥当なものです、東晋の作戦が異常すぎるだけであって)、 作戦の徹底が不十分だったことに尽きると思います。苻堅らにしみてみれば、東晋が心変わり する前に(おそらく主力が態勢完了してしまえば、東晋は申し出を反故にするかもしれない という疑念が生じたか)、さっさと決着をつけようと気が逸りすぎた部分があったのではないの でしょうか? 勝利の分水嶺となったのは、「あくまで主動を確保し続けようという執念」だったと思います。 敵に合わせてどうするかではなく、敵をどのようにするか、すなわち「人を致して、人に致されず」 (孫子「虚実篇」)を貫いたか否かです。おそらく、これまでも、そしてこれからも、未来永劫 変わることなく多くの軍人がこの命題に悪戦苦闘し続けていくことでしょう。
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