トップページ > 30代 > 2011年01月28日 > kdkMPek6

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大人の名無しさん
三島由紀夫のオススメ作品@30代板
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三島由紀夫のオススメ作品@30代板
230 :大人の名無しさん[]:2011/01/28(金) 10:10:13 ID:kdkMPek6
私の現実生活における行為は、人とはちがつて、いつも想像の忠実な模倣に終る傾きがある。
想像といふのは適当ではない。むしろ私の源の記憶と云ひかへるべきだ。人生でいづれ私が
味はふことになるあらゆる体験は、もつとも輝やかしい形で、あらかじめ体験されて
ゐるといふ感じを、私は拭ふことができない。かうした肉の行為にしても、私は思ひ出せぬ時と
場所で、(多分有為子と)、もつと烈しい、もつと身のしびれる官能の悦びをすでに
味はつてゐるやうな気がする。それがあらゆる快さの泉をなしてゐて、現実の快さは、
そこから一掬の水を頒けてもらふにすぎないのである。
たしかに遠い過去に、私はどこかで、比(なら)びない壮麗な夕焼けを見てしまつたやうな
気がする。その後に見る夕焼けが、多かれ少なかれ色褪せて見えるのは私の罪だらうか?

三島由紀夫「金閣寺」より
三島由紀夫のオススメ作品@30代板
231 :大人の名無しさん[]:2011/01/28(金) 10:10:26 ID:kdkMPek6
寺のかへるさ、私は今宵の買物について考へた。心の躍るやうな買物である。
刃物と薬とを、私は万一あるべき死の仕度に買つたのであるが、新らしい家庭を持つ男が何か
生活の設計を立てて、買ふ品物はさもあらうかと思はれるほど、それは私の心を娯しませた。
寺へかへつてからも、その二つのものに見飽かなかつた。鞘を払つて、小刀の刃を舐めてみる。
刃はたちまち曇り、舌には明確な冷たさの果てに、遠い甘味が感じられた。甘みはこの
薄い鋼の奥から、到達できない鋼の実質から、かすかに照り映えてくるやうに舌に伝はつた。
こんな明確な形、こんなに深い海の藍に似た鉄の光沢、……それが唾液と共にいつまでも
舌先にまつはる清冽な甘みを持つてゐる。やがてその甘みも遠ざかる。私の肉が、いつか
この甘みの迸りに酔ふ日のことを、私は愉しく考へた。死の空は明るくて、生の空と
同じやうに思はれた。そして私は暗い考へを忘れた。この世には苦痛は存在しないのだ。

三島由紀夫「金閣寺」より
三島由紀夫のオススメ作品@30代板
232 :大人の名無しさん[]:2011/01/28(金) 10:10:41 ID:kdkMPek6
……曇つた空からにじみ出た陽が、むしあつい靄のやうに古い町並に立ちこめてゐた。
汗はひそかに、私の背に突然冷たい糸を引いて流れた。大そう倦(だる)かつた。
菓子パンと私との関係。それは何だつたらう。行為に当面して精神がどれほど緊張と集中に
勇み立たうが、孤独なままに残された私の胃が、そこでもなほ、その孤独の保証を求める
だらうと私は予想してゐた。私の内蔵は、私のみすぼらしい、しかし決して馴れない飼犬の
やうに感じられた。私は知つてゐた。心がどんなに目ざめてゐようと、胃や腸や、これら
鈍感な臓器は、勝手になまぬるい日常性を夢みだすことを。
私は自分の胃が夢みるのを知つてゐた。菓子パンや最中を夢みるのを。私の精神が宝石を
夢みてゐるあひだも、それが頑なに、菓子パンや最中を夢みるのを。……いづれ菓子パンは、
私の犯罪を人々が無理にも理解しようと試みるとき、恰好な手がかりを提供するだらう。
人々は言ふだらう。『あいつは腹が減つてゐたのだ。何と人間的なことだらう!』

三島由紀夫「金閣寺」より
三島由紀夫のオススメ作品@30代板
233 :大人の名無しさん[]:2011/01/28(金) 10:11:01 ID:kdkMPek6
禅海和尚はさうではなかつた。彼が見たまま感じたままを言つてゐることがよくわかつた。
彼は自分の単純な強い目に映る事物に、ことさら意味を求めたりすることはなかつた。
意味はあつてもよく、なくてもよい。そして和尚が何より私に偉大に感じられたのは、
ものを見、たとへば私を見るのに、和尚の目だけが見る特別のものに頼つて異を樹てようとは
せず、他人が見るであらうとほりに見てゐることであつた。和尚にとつては単なる主観的世界は
意味がなかつた。私は和尚の言はんとするところがわかり、徐々に安らぎを覚えた。
私が他人に平凡に見える限りにおいて、私は平凡なのであり、どんな異常な行為を敢てしようと、
私の平凡さは、箕に漉(こ)された米のやうに残つてゐるのだつた。
私はいつかしら自分の身を、和尚の前に立つてゐる静かな葉叢の小さな樹のやうに思ひ做した。
「人に見られるとほりに生きてゐればよろしいのでせうか」
「さうも行くまい。しかし変つたことを仕出かせば、又人はそのやうに見てくれるのぢや。
世間は忘れつぽいでな」

三島由紀夫「金閣寺」より
三島由紀夫のオススメ作品@30代板
234 :大人の名無しさん[]:2011/01/28(金) 10:11:15 ID:kdkMPek6
「人の見てゐる私と、私の考へてゐる私と、どちらが持続してゐるのでせうか」
「どちらもすぐ途絶えるのぢや。むりやり思ひ込んで持続させても、いつかは又途絶えるのぢや。
汽車が走つてゐるあひだ、乗客は止つてをる。汽車が止ると、乗客はそこから歩き出さねば
ならん。走るのも途絶え、休息も途絶える。死は最後の休息ぢやさうなが、それだとて、
いつまで続くか知れたものではない」
「私を見抜いて下さい」とたうとう私は言つた。「私は、お考へのやうな人間ではありません。
私の本心を見抜いて下さい」
和尚は盃を含んで、私をじつと見た。雨に濡れた鹿苑寺の大きな黒い瓦屋根のやうな沈黙の
重みが私の上に在つた。私は戦慄した。急に和尚が、世にも晴朗な笑ひ声を立てたのである。
「見抜く必要はない。みんなお前の面上にあらはれてをる」
和尚はさう言つた。私は完全に、残る隈なく理解されたと感じた。私ははじめて空白になつた。
その空白をめがけて滲み入る水のやうに、行為の勇気が新鮮に湧き立つた。

三島由紀夫「金閣寺」より
三島由紀夫のオススメ作品@30代板
235 :大人の名無しさん[]:2011/01/28(金) 10:14:01 ID:kdkMPek6
私は口のなかで吃つてみた。一つの言葉はいつものやうに、まるで袋の中へ手をつつこんで
探すとき、他のものに引つかかつてなかなか出て来ない品物さながら、さんざん私をじらして
唇の上に現はれた。私の内界の重さと濃密さは、あたかもこの今の夜のやうで、言葉は
その深い夜の井戸から重い釣瓶のやうに軋りながら昇つて来る。
『もうぢきだ。もう少しの辛抱だ』と私は思つた。『私の内界と外界との間のこの
錆びついた鍵がみごとにあくのだ。内界と外界は吹き抜けになり、風はそこを自在に
吹きかよふやうになるのだ。釣瓶はかるがると羽搏(はばた)かんばかりにあがり、
すべてが広大な野の姿で私の前にひらけ、密室は滅びるのだ。……それはもう目の前にある。
すれすれのところで、私の手はもう届かうとしてゐる。……』
私は幸福に充たされて、一時間も闇の中に坐つてゐた。生れてから、この時ほど幸福だつた
ことはなかつたやうな気がする。……突然私は闇から立上つた。

三島由紀夫「金閣寺」より
三島由紀夫のオススメ作品@30代板
236 :大人の名無しさん[]:2011/01/28(金) 10:14:15 ID:kdkMPek6
そのとき私は最後の別れを告げるつもりで金閣のはうを眺めたのである。
金閣は雨夜の闇におぼめいてをり、その輪郭は定かではなかつた。それは黒々と、まるで
夜がそこに結晶してゐるかのやうに立つてゐた。瞳を凝らして見ると、三階の究竟頂に
いたつて俄かに細まるその構造や、法水院と潮音洞の細身の柱の林も辛うじて見えた。
しかし嘗てあのやうに私を感動させた細部は、ひと色の闇の中に融け去つてゐた。
が、私の美の思ひ出が強まるにつれ、この暗黒は恣まに幻を描くことのできる下地になつた。
この暗いうづくまつた形態のうちに、私が美と考へたものの全貌がひそんでゐた。
思ひ出の力で、美の細部はひとつひとつ闇の中からきらめき出し、きらめきは伝播して、
つひには昼とも夜ともつかぬふしぎな時の光りの下に、金閣は徐々にはつきりと目に見える
ものになつた。これほど完全に細緻な姿で、金閣がその隅々まできらめいて、私の眼前に
立ち現はれたことはない。私は盲人の視力をわがものにしたかのやうだ。

三島由紀夫「金閣寺」より
三島由紀夫のオススメ作品@30代板
237 :大人の名無しさん[]:2011/01/28(金) 10:14:51 ID:kdkMPek6
そして美は、これら各部の争ひや矛盾、あらゆる破調を統括して、なほその上に君臨してゐた! 
それは濃紺池の紙本に一字一字を的確に金泥で書きしるした納経のやうに、無明の長夜に
金泥で築かれた建築であつたが、美が金閣そのものであるのか、それとも美は金閣を包む
この虚無の夜と等質なものなのかわからなかつた。おそらく美はそのどちらでもあつた。
細部でもあり全体でもあり、金閣でもあり金閣を包む夜でもあつた。


細部の美はそれ自体不安に充たされてゐた。それは完全を夢みながら完結を知らず、次の美、
未知の美へとそそのかされてゐた。そして予兆は予兆につながり、一つ一つのここには
存在しない美の予兆が、いはば金閣の主題をなした。さうした予兆は、虚無の兆だつたのである。
虚無がこの美の構造だつたのだ。そこで美のこれらの細部の未完には、おのづと虚無の
予兆が含まれることになり、木割の細い繊細なこの建築は瓔珞(やうらく)が風に
ふるへるやうに、虚無の予感に慄へてゐた。

三島由紀夫「金閣寺」より
三島由紀夫のオススメ作品@30代板
238 :大人の名無しさん[]:2011/01/28(金) 10:15:03 ID:kdkMPek6
その美しさは儔(たぐ)ひなかつた。そして私の甚だしい疲労がどこから来たかを私は
知つてゐた。美が最後の機会に又もやその力を揮つて、かつて何度となく私を襲つた無力感で
私を縛らうとしてゐるのである。私の手足は萎えた。今しがたまで行為の一歩手前にゐた私は、
そこから再びはるか遠く退いてゐた。
『私は行為の一歩手前まで準備したんだ』と私は呟いた。『行為そのものは完全に夢みられ、
私がその夢を完全に生きた以上、この上行為する必要があるだらうか。もはやそれは
無駄事ではあるまいか。
柏木の言つたことはおそらく本当だ。世界を変へるのは行為ではなくて認識だと彼は言つた。
そしてぎりぎりまで行為を模倣しようとする認識もあるのだ。私の認識もこの種のものだつた。
そして行為を本当に無効にするのもこの種の認識なのだ。してみると私の永い周到な準備は、
ひとへに、行為をしなくてもよいといふ最後の認識のためではなかつたか。

三島由紀夫「金閣寺」より
三島由紀夫のオススメ作品@30代板
239 :大人の名無しさん[]:2011/01/28(金) 10:15:18 ID:kdkMPek6
見るがいい、今や行為は私にとつては一種の剰余物にすぎぬ。それは人生からはみ出し、
私の意志からはみ出し、別の冷たい機械のやうに、私の前に在つて始動を待つてゐる。
その行為と私とは、まるで縁もゆかりもないかのやうだ。ここまでが私であつて、
それから先は私ではないのだ。……何故私は敢て私でなくなろうとするのか』


金閣はなほ耀やいてゐた。あの「弱法師」の俊徳丸が見た日想観の景色のやうに。
俊徳丸は入日の影も舞ふ難波の海を、盲目の闇のなかに見たのであつた。曇りもなく、
淡路絵島、須磨明石、紀の海までも、夕日に照り映えてゐるのを見た。……
私の身は痺れたやうになり、しきりに涙が流れた。朝までこのままでゐて、人に発見されても
よかつた。私は一言も、弁疏の言葉を述べないだらう。

三島由紀夫「金閣寺」より
三島由紀夫のオススメ作品@30代板
240 :大人の名無しさん[]:2011/01/28(金) 10:17:39 ID:kdkMPek6
……さて私は今まで永々と、幼時からの記憶の無力について述べて来たやうなものだが、
突然蘇つた記憶が起死回生の力をもたらすこともあるといふことを言はねばならぬ。
過去はわれわれを過去のはうへ引きずるばかりではない。過去の記憶の処々には、数こそ
少ないが、強い鋼の発条(ばね)があつて、それに現在のわれわれが触れると、発条は
たちまち伸びてわれわれを未来のはうへ弾き返すのである。
身は痺れたやうになりながら、心はどこかで記憶の中をまさぐつてゐた。何かの言葉が
うかんで消えた。心の手に届きさうにして、また隠れた。……その言葉が私を呼んでゐる。
おそらく私を鼓舞するために、私に近づかうとしてゐる。


言葉は私を、陥つてゐた無力から弾き出した。俄かに全身に力が溢れた。とはいへ、
心の一部は、これから私のやるべきことが徒爾だと執拗に告げてはゐたが、私の力は
無駄事を怖れなくなつた。徒爾であるから、私はやるべきであつた。


一ト仕事を終へて一服してゐる人がよくさう思ふやうに、生きようと私は思つた。

三島由紀夫31歳「金閣寺」より
三島由紀夫のオススメ作品@30代板
241 :大人の名無しさん[]:2011/01/28(金) 12:33:50 ID:kdkMPek6
女方こそ、夢と現実との不倫の交はりから生れた子なのである。

三島由紀夫32歳「女方」より


人は病気を自分の特質にうまく合致させ、うまく着こなすこともできる。とりわけ永い
病気であればさうである。治英の調和に対する敏感な意識は、早くからこの病気をも
調和のなかに取り入れ、もともと持つてゐた性格の一部としてしまつたのかもしれなかつた。
過労を避けるといふその病気の要請は、陶酔や情熱を避けようとする彼の性向を、むしろ
力強く庇護するものであつたかもしれない。なぜなら後年私は、もつと血色もよく、
性向もまるでちがつた弁膜症の人たちを見たからである。


死の近い病人が無意識に死の予感にかられて、自分を愛してくれる人たちを別れ易くして
やるために、殊更自分を嫌はれ者にする、といふ言ひつたへには、たしかに或る種の
真実がある。病苦や焦燥のためだけではなくて、病人のつのる我儘には、生への執着以外の
別の動機がひそんでゐるやうに思はれる。

三島由紀夫32歳「貴顕」より
三島由紀夫のオススメ作品@30代板
242 :大人の名無しさん[]:2011/01/28(金) 12:36:01 ID:kdkMPek6
映画の世界ほど、無意味な不公平の横行してゐるところはあるまい。外の世界なら、
多かれ少なかれ、伎倆の相違でランクがつけられ、羨望と嫉妬も、みんな身から出た錆だと
思ふほかはない。
映画の世界の不公平は、もつと絶対的なのである。かりに容貌の美醜でランクがつけられると
するなら、これは或る意味では才能と同じやうに、天賦のものだから文句のつけやうがない。
しかし映画界でスタアと下積みとを分けるものは、決して容貌の美醜や、肉体の優劣ではない。
もし諸君が撮影所へゆき、撮影現場を見学して、主役の男女優からしばらく目を外らし、
セットのかげで待機してゐる大部屋の人たちに目をそそげば、主役以上の美男美女を
わけなく発見するにちがひない。が、その人たちの多くは、一生はかない夢を抱いて、
埋もれてしまふ人たちなのである。
たとへばハリウッドの一映画会社で、個性的な顔のスタアが売り出されたとする。そのとき
セットのかげには、そのスタアによく似てゐるが、容貌も肉体もずつとすぐれた無名俳優が
かくれて歯ぎしりしてゐると思つていい。

三島由紀夫32歳「色好みの宮」より
三島由紀夫のオススメ作品@30代板
243 :大人の名無しさん[]:2011/01/28(金) 13:36:48 ID:kdkMPek6
一部の大人が考へてゐるやうに、戦後の青年が一人残らず十代で童貞を失つてゐるなどといふ
莫迦げた憶測は、事実から遠いものだ。どんな時代だつて、青春の生きにくさは、
外部よりも内部にあるのだ。今日のやうに、青春を妨げる外部の障害の多い時代には、
内部の障害を気にしないでゐられるので、童貞を失はないまじめな青年の数は却つて
多いといふ逆の理窟だつて成立つ筈だ。


大体甘い物語には甘い考へがつきものなのは已むをえない。狂気といふものがもしこんなに
甘い物語を生むものなら、正気の僕たちは、正気では考へられない甘い空想を、それに
はなむけすべきではなからうか? それとも君は、僕の話が嘘つぱちだと云ふのぢやあるまいね。

三島由紀夫28歳「雛の宿」より
三島由紀夫のツイッター
838 :大人の名無しさん[]:2011/01/28(金) 21:56:58 ID:kdkMPek6
相手を自分より無限に高いものとして憧れる気持は、半ばこちらの独り合点である場合が多い。
それがわかつて幻滅を感じても、自分の中の、高いもの美しいもの、美しいものへ憧れた
気持は残る。

三島由紀夫「愛(エロス)のすがた――愛を語る」より


憧れるとは、対象と自分との同一化を企てることである。従つて、異性に向つて憧れる、
といふのは、言葉の矛盾のやうに思はれる。

三島由紀夫「わが青春の書――ラディゲの『ドルヂェル伯の舞踏会』」より


フランス人のドイツ恐怖はむしろ民衆の感性であつて、歴史上からも、フランス人は
ドイツに対する愛好心を貴族の趣味として伝へてきた。外交官でもあり、社交界に
精通したジロオドウの中には、このやうな貴族趣味が生き永らへてゐて、彼の親独主義は、
別に現実政治と見合つたものではない。いがみ合ひは民衆のやることであつて、
ドイツだらうが、フランスだらうが、貴族はみんな親戚なのだ。

三島由紀夫「ジークフリート管見――ジロオドウの世界」より
三島由紀夫のオススメ作品@30代板
244 :大人の名無しさん[]:2011/01/28(金) 23:29:05 ID:kdkMPek6
現代においては、何の野心も持たぬといふことだけで、すでに優雅と呼んでもよからうから、
節子は優雅であつた。女にとつて優雅であることは、立派に美の代用をなすものである。
なぜなら男が憧れるのは、裏長屋の美女よりも、それほど美しくなくても、優雅な女のはうで
あるから。


あふれるばかりの精力を事業や理想の実現に向けてゐる肥つた醜い男などは何といふ滑稽な
代物であらう。みすぼらしい風采の世界的学者などは何といふ珍物であらう。仕事に
熱中してゐる男は美しく見えるとよく云はれるが、もともと美しくもない男が仕事に
熱中したつて何になるだらう。


女に友情がないといふのは嘘であつて、女は恋愛のやうに、友情をもひた隠しにして
しまふのである。その結果、女の友情は必ず共犯関係をひそめてゐる。


どんな邪悪な心も心にとどまる限りは、美徳の領域に属してゐる。

どんな驚天動地の大計画も、一旦心が決り準備が整ふと、それにとりかかる前に、或る休息に
似た気持が来るものである。


個性を愛することのできるのはむしろ友情の特権だ。

三島由紀夫「美徳のよろめき」より
三島由紀夫のオススメ作品@30代板
245 :大人の名無しさん[]:2011/01/28(金) 23:29:36 ID:kdkMPek6
嫉妬の孤立感、その焦燥、そのあてどもない怒りを鎮める方法は一つしかなく、それは
嫉妬の当の対象、憎しみの当面の敵にむかつて、哀訴の手をさしのべることなのである。
はじめから、唯一の癒やし手はその当の敵のほかにはないことがわかつてゐる。自分に
傷を与へる敵の剣にすがつて、薬餌を求めるほかはないのである。


われわれが未来を怖れるのは、概して過去の堆積に照らして怖れるのである。恋が本当に
自由になるのは、たとへ一瞬でも思ひ出の絆から脱したときだ。


節子は考へはじめた。考へること、自己分析をすること、かういふことはみんな必要から
生れるのだ。


この世で一等強力なのは愛さない人間だね。


肉体の仕業はみんな嘘だと思つてしまへば簡単だが、それが習慣になつてしまへば、
習慣といふものには嘘も本当もない。精神を凌駕することのできるのは習慣といふ怪物だけ
なのだ。あなたも男も、この怪物の餌食なんだよ。

三島由紀夫「美徳のよろめき」より


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