- 14世紀の朝鮮で刷られた「世界初の金属活字による印刷物」、どー見みても、手書きにしか見えない。
1 :日出づる処の名無し[]:2020/01/09(木) 11:10:20.94 ID:ZHn8MQK7 - .
『直指心体要節』(書籍) それは14世紀の朝鮮で刷られた「世界初の金属活字による印刷物」 人類の歴史を変えた!史上最高の発明品!! https://i.imgur.com/bzPgKK5.jpg ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ・・・・・・・・・・・・・だが・・・・・・・・・、 ・・・・・・・・・・・・・しかし・・・・・・・・、 それが噴飯もの。どー見みても、手書きにしか見えない。 (続きます・・・) 以下、前置き解説が続きます。【考察編】まで、飛ばしてok
|
- 14世紀の朝鮮で刷られた「世界初の金属活字による印刷物」、どー見みても、手書きにしか見えない。
2 :日出づる処の名無し[]:2020/01/09(木) 11:14:55.71 ID:ZHn8MQK7 - 【世界史の窓】飛ばしてok
■金属活字  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 13世紀の朝鮮、高麗で木活字をもとに金属活字が発明された。 1377年の『直指心体要節』が現存する金属活字印刷の最古の例。グーテンベルクの活版印刷よりも早かった。 □高麗の金属活字  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 金属で活字を作る技術は、13世紀の朝鮮半島の高麗時代に発明された。 高麗では仏教の保護政策の一環として大蔵経の刊行が行われ、印刷術が発達した。 中国の宋では木製活字が使われ活字印刷が始まっていたが、木活字は耐久性に限界があり、 彫るのも大変な労力が必要であった。それらを解決するものとして金属活字が発明された。 13世紀はモンゴルの高麗支配という苦難の時代であったが、 木版印刷(活字印刷ではない)による高麗版大蔵経の刊行などが行われており、 金属活字の考案も高麗時代の文化の高さを示す事例であった。 〇世界最古の金属活字印刷  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 高麗で金属活字の技術が生まれたことは記録の上でも間違いないと考えられているが、 残念ながら13世紀の段階では金属活字そのものは、遺品があると発表されたがまだ承認されていない。 また金属活字で印刷した刊本も見つかっていない。 最も古い金属活字での刊本とされるのが、1974年にフランス国立図書館で発見された『直指心体要節』で、 1377年に刊行されたものであることが判り、現在、世界最古の金属活字印刷本として、ユネスコ世界記憶遺産に登録されている。 これが最古とすれば、グーテンベルクの金属活字印刷による42行聖書が1455年の刊行なので、それよりも78年前のことになる。 (・・・以下省略、) https://www.y-history.net/appendix/wh0403-031_3.html (続きます・・・)
|
- 14世紀の朝鮮で刷られた「世界初の金属活字による印刷物」、どー見みても、手書きにしか見えない。
3 :日出づる処の名無し[]:2020/01/09(木) 11:22:46.71 ID:ZHn8MQK7 - 【Wikipedia】 飛ばしてok
■『直指心体要節』(書籍)  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ (・・・中略、) 〇金属活字本  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 偶王3年(1377年)に清州の興徳寺(清州市興徳区)で刊行された金属活字本は、 本の最後に“在C州興コ寺用金屬活字印製而成”と書かれていて 全世界に残っている金属活字で印刷された本の中で最古のものといわれている。 2001年9月4日に『承政院日記』と共に世界の記憶に登録された。 金属活字本と呼ばれているもののうち現存しているのは下巻だけで、 19世紀末から20世紀初頭にかけて 駐韓フランス公使コラン・ド・プランシ(Victor Emile Marie Joseph Collin de Plancy)が 韓国で蒐集した古書の中に含まれていた。 古書のコレクションは死後にフランス国立図書館に寄付されたが、 直指は長らく蔵書の中に埋もれた状態だった。直指は1970年代になり再発見され、 1972年のフランス国立図書館主催の国際書籍年関連のイベントで展示され、 世界最古の金属活字本として注目を浴びるようになった。 現在もフランス国立図書館に所蔵されているが、 (・・・以下省略、) https://ja.wikipedia.org/wiki/直指心体要節 画像(金属活字本。現在はフランスにある↓) https://i.imgur.com/bzPgKK5.jpg https://i.imgur.com/Udsr9X8.jpg (続きます・・・)
|
- 14世紀の朝鮮で刷られた「世界初の金属活字による印刷物」、どー見みても、手書きにしか見えない。
4 :日出づる処の名無し[]:2020/01/09(木) 11:25:50.42 ID:ZHn8MQK7 - ここから本題
【考察編】 最後のページ https://i.imgur.com/bzPgKK5.jpg 表紙と最後のページ https://i.imgur.com/Udsr9X8.jpg ●画像見ると分かるように、 普通の人がちょっと丁寧に書いたようにしか見えない。 ●この本は罫線の中に文章が書かれているが、普通、印刷する時には罫線は引かない。 罫線は手書きがやり易いように引くんであって、 無い方が読みやすいし、印刷の手間も余計にかかるから、普通は省略する。 ●金属活字による印刷ならば、同じ字は全く同じ形でなければならないが、ちょっとづつ違っている。 「古」の字がよく出てくるので、比較してみて下さい。 ぱっと見て目に付く、「無」、「人」、「心」、「不」・・・、とかも。 ●金属活字を鋳造する時に、活字に“手書きの筆を運んだ跡のような癖”までわざわざ残すだろうか? 作業を単純化するために省略される筈だし、そのような印刷物は見たことがない。 線はなるべく垂直、水平、同じ太さに揃える方が作業は楽だし、見た目も美しい。 ●これが活版印刷ならば、こっちの科挙の答案のほうがよっぽど、活版印刷だ。 手書きだと証明できるか? https://i.imgur.com/6glFBAg.jpg https://i.imgur.com/sHbopPT.jpg https://i.imgur.com/Jq0fwkt.jpg https://i.imgur.com/xWJg04d.jpg (続きます・・・)
|
- 14世紀の朝鮮で刷られた「世界初の金属活字による印刷物」、どー見みても、手書きにしか見えない。
5 :日出づる処の名無し[]:2020/01/09(木) 11:28:56.17 ID:ZHn8MQK7 - .
●そもそもこの本を印刷した金属活字はどこにも残っていない。どこにも存在しない。 ●実はこれが、金属活字本である唯一の根拠は、末尾に書かれた、「清州牧外興コ寺鑄字印施」の文言それだけであるが、 末尾の「牧外興コ寺鑄字印施」の部分に違和感がある。 この文だけ、文字の色が明らかに違う。色合いに赤っぽさがなく、若干の光沢がある。又、筆跡も違うように見える。 ↓ この部分は1972年あたりに、書き加えられたと推定できる。 〇そもそもフランス人に漢字が分かるのか?手書きと活字の区別がつくのか? 〇朝鮮人はすぐばれる嘘を平気でつくが、しかし、それであっても、フランス人を漢字のことで騙すのは極めて容易の筈。 (続きます・・・)
|
- 14世紀の朝鮮で刷られた「世界初の金属活字による印刷物」、どー見みても、手書きにしか見えない。
6 :日出づる処の名無し[]:2020/01/09(木) 11:31:43.50 ID:ZHn8MQK7 - .
●「清州牧外興コ寺鑄字印施」が、「清州の牧外にある興コ寺に於いて、金属活字を用いて印刷を行った。」という意味の 文章である、というのは、漢文としておかしい。 (前置き)―――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 〇「清州牧外興コ寺」は、そのまま、「清州の牧外にある興コ寺」という意味だと思う。 〇「牧外」は、「牧場の外」なのか、 牧=地方長官で、「郊外」という意味のかどちらかでしょう。 〇「(法人である)興コ寺」が、「鑄字印施」した。 「興コ寺」に於いて、(私が)「鑄字印施」した。 文法的に主語にも、場所を示しているようにも見えますが、 意味するところはほぼ同じなので、これはどちらでも良いでしょう。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 〇「鑄字印施」→「鋳字印施」で、 鑄=鋳= 金属を鋳造するの、「鋳」であって・・・鋳造した文字=金属活字 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― (続きます・・・)
|
- 14世紀の朝鮮で刷られた「世界初の金属活字による印刷物」、どー見みても、手書きにしか見えない。
7 :日出づる処の名無し[]:2020/01/09(木) 14:37:54.35 ID:ZHn8MQK7 - .
・・・で、問題は、「鑄字印施」が、「金属活字を用いて印刷を行った。」という意味の文章である、 というのは、漢文としておかしい。 これなら、「鑄字印」を施す で、「金属活字の印章を押した」という意味にしかならない。 また、文字の順番も逆になっていて、「施鑄字印」でないといけない。 ちゃんと意味が通るようにするならば、 「刷以鑄字」か「刷鑄字」でないとおかしい。「鑄字を以て刷った。」 「鑄字印刷」でも良い。「金属活字の印で刷った。」「金属活字の印による刷り物。」 〇但し、これだと印刷という言葉が当時あったのかという疑念が生ずる。 それで、「刷」の字を除去して「鑄字印」という言葉が生まれたのでしょう。 百歩譲って、「鑄字印」=「金属活字を用いた印刷」であるから、 「鑄字印」施=「金属活字を用いた印刷」を実施したと言うのならば、 どこかに、「鑄字印」を「金属活字を用いた印刷」という意味で使っている古文書が存在するはずだ。 でもそんなものは世界のどこにもない。 〇多分、「施した」という表現は日本語の「実施した」を略したのでしょう。 〇「鑄字印刷を実施した。」→「鑄字印施」という変な文に。 (続きます・・・)
|
- 14世紀の朝鮮で刷られた「世界初の金属活字による印刷物」、どー見みても、手書きにしか見えない。
8 :日出づる処の名無し[]:2020/01/09(木) 14:39:59.50 ID:ZHn8MQK7 - .
そーいう訳で、 結論  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 『直指心体要節』(書籍)は見た目どうり、手書きである。 今まで非常に杜撰な研究が行われてきたとしか言いようがない。 学者ってのもいーかげんなものだ。
|