トップページ > 軍事 > 2020年05月23日 > Sa9//hz8

書き込み順位&時間帯一覧

110 位/817 ID中時間01234567891011121314151617181920212223Total
書き込み数0000000000000070000000007



使用した名前一覧書き込んだスレッド一覧
名無し三等兵
【M4シャーマン】汎用戦車 5【T-34】

書き込みレス一覧

【M4シャーマン】汎用戦車 5【T-34】
937 :名無し三等兵[sage]:2020/05/23(土) 14:06:37.24 ID:Sa9//hz8
「それはまるで追撃戦のようで全作戦を通じてこれほど溜飲を下げたことはなかった」
午前一〇時、七三九高地に攻勢を開始した。一度だけ日本軍にとってとてもうまくはこび、敵を駆逐できた

しかし歩兵が高地を占領した途端にハルハ河左岸の砲台に陣を構えたソ連砲兵の猛砲撃が始まった
一五センチ榴弾砲はたかだか一放列四門程度と見られたがその閃光は五キロ先からもみえて、着弾したときは
雷鳴のようであった。土砂と砂塵を巻き上げて天をくらくした

直接命中したときの被害たるや惨憺たるものだったがさいわいにも土砂がクッションの役目を果たして
犠牲者はすくなくてすんだ。日本歩兵は二時間に渡る砲撃に恐れを抱いた。
日本軍には南京攻撃にも参加したものがいたがソ連軍の砲撃は経験のないはげしいものだった

先進に際して兵士たちは散開して弾幕を縫って進もうと努力した
しかしここに来て積り重なる疲労がきてしまった
歩兵はしょせん速い速度で進むとは思えなかったがそれでもかれらは休まずに何日も行軍していた
「我らは疲れ切って自分自身を支えるにも必死の努力をはらわねばなりませんでした
稜線が波のようにうねっていたので我々はもうちょっと前進したら死角に入ることができたにちがいありません
しかし体はうまく動かないのです」

第二機関銃中隊は戦線に武器や弾薬をはこぶために33頭の軍馬を使っていた
兵士たちは馬から装備をおろし2キロ後方につないだが、ソ連砲兵の射程は長く砲弾は馬の群れに落下して一掃し
運ばれた品もふきとばしてしまった
【M4シャーマン】汎用戦車 5【T-34】
938 :名無し三等兵[sage]:2020/05/23(土) 14:07:30.22 ID:Sa9//hz8
戦車隊にとって歩兵支援がないのは重大な問題だった

ニ個連隊は協力するものと思われてきたし戦車と歩兵の共同に努力していた
しかし日本軍の戦車がうごきだしてるのに歩兵連隊は動かなかった

日本軍の飛行機が通信筒をおとし「敵は西方に撤退しつつあり追撃を頼む」とはげまし
20分後にようやく歩兵は動き出した
戦車隊の参謀は歩兵連隊が疲れ果てて渇きに苦しんでるのをよく知っていた

薮内大尉の工兵隊は右岸の橋をうばい、これが不可能なら橋を爆破することなっており
200名の屈強な爆破工兵が10キロの爆薬をかついで突撃した

鉄条網からなる4メートルから10メートルの縦深陣地があり、ソ連軍の機関銃が火を吐き始めた
薮内中隊に損害はなかったがやがて戦車のがらがら音が聞こえてきた。戦車砲の射撃をうける
孤立して成功の見込みがないのでタコツボを掘らせ夜明けを待った

さて戦車隊についていけずとりのこされた歩兵連隊はタコツボのなかで夜を過ごした

雷雨のなかで天蓋もなくびしょぬれで携帯してるのは僅かなビスケット
兵士たちは草を抜いてたこつぼの下にしき顔の上に鉄兜を載せて寝るみじめさだった
【M4シャーマン】汎用戦車 5【T-34】
939 :名無し三等兵[sage]:2020/05/23(土) 14:08:18.38 ID:Sa9//hz8
この苦戦は戦車隊・歩兵隊・工兵隊いずれも思想方針・訓練・実施が食い違ってることによるもので
戦車に関しては常に彼らは尖兵として奇襲をかけたり突破するものだと信じ切っていた
これが戦車隊の「歩兵直協」の考えで、戦車主力主義にとりつかれていった

中国では敵は戦車をもたず、日本の戦車は戦場の女王としてふるまうことができた

戦えばかならず勝ち、いかなる強敵も彼らを阻止できない全能の存在

味方の日本歩兵でさえかれらをうらやんでるにちがいない、と確信していた

この戦闘に先立って北支の作戦でもトラック乗車した機械化歩兵が編成されたこともあったが
機械化歩兵の実験は成功したとおもわれず、トラックがもったいないとして解散
歩兵は徒歩にもどされてしまった

ソ連軍は戦車と歩兵と砲兵の連携を重視しており、戦車には10人前後の歩兵が随伴した
また戦車を機動力のある砲兵ととらえていた
しかし日本戦車隊は機動性を重視するあまり歩兵と共同作戦を全く考えなかった
戦車が歩兵と別々に行動する「いまいましい傾向」は合同演習でしばしば批判されたとのべてる

日本軍の歩兵や砲兵は、戦闘中に戦車などいちども見かけなかったとのべてる

戦車隊はどこかでかってに戦ってるのか、という反応だった
第一三連隊砲兵の中尉は戦車がふらりと現れて、死亡した砲手の代わりを貸してほしい
と必死に嘆願したのをおぼえてる。もちろん要請は断らざるをえず、残念そうに戦車は去った
残念なのはこちらのほうだと砲兵たちも思った。これが「戦車をみた一度きり」の機会だった

歩兵は「けれども本当のことを言えば戦車は頼りにならなかった」
兵士たちは戦車が炎上してるのを見て本当に心を痛めた
「燃え上がる戦車をみるたびに両手を合わせた」
【M4シャーマン】汎用戦車 5【T-34】
940 :名無し三等兵[sage]:2020/05/23(土) 14:08:49.80 ID:Sa9//hz8
戦車兵は戦車兵で歩兵ののろさにはらをたてていた
機動の時、特に高速の追撃戦には歩兵は合流点にたどりつくには「たとえ一ヶ月かかってもむりだろう」
と嘲った

渡河作戦で戦車の支援に、歩兵をつけたらどうだろうと提案するも頑固な戦車隊ははねつけた
けれども若い戦車将校はこの案は検討されるべきだと痛感していた

遮蔽物がまったくない草原で停止すると戦車は高地の砲兵の好餌になりやすかった
戦車が停止するとすれば夜間だが、夜間こそ歩兵の護衛が必要だった

戦車隊のエリート意識は中国作戦で歪められ行き過ぎていたと、みとめてる
何よりも戦車兵の側が、歩兵を相手にしなかった

戦車第三連隊の入江中尉

「戦車と歩兵が協力できなかった残念であるというのは話の半分に過ぎません
戦車が歩兵に協力しようとする気がなかった、というのが話の残る半分です」

戦車は歩兵の援護をうけられなかった。それはむしろ戦車隊が独自の行動をとってしまったからで
責められるべきは戦車であるという印象を持ってる
【M4シャーマン】汎用戦車 5【T-34】
941 :名無し三等兵[sage]:2020/05/23(土) 14:09:27.86 ID:Sa9//hz8
日本戦車の火力は全く劣っていた。不満の種は三七ミリ及び五七ミリ戦車砲だった

これらは中国では火力支援として優秀な成果をおさめたがしかしノモンハンに置いては
射程においても貫通力においてもソ連のBTおよびT26におとっていた

ハルハ河の稜線をはさんで砲火を交えてた「マッチ箱のような」戦車の群れを望遠鏡で眺めていた
歩兵七一連隊の中尉は述べてる

「こういってはなんだが日本軍の戦車は子供のペニスのようにちょこんと突き出されていた
コレに反してソ連戦車の砲身は本当に長かった、こりゃ勝負にならん」

火砲がロシア人にとって重要であり戦車砲と機関銃は優秀だった
「ソ連軍を見てると個人の装備・・かかとは革だがつま先は布製の長靴だとか布コートは貧弱だ
戦車は仕上げ加工されてない。ペンキもなく錆びていたしかし砲となると別で正確さにおいては
特段劣るところがなかった」
ソ連軍戦車はまさに大量生産の産物だった。ソ連の戦車は特に停止射撃したときは正確だった

日本軍の戦車は歩兵協力を第一に考えており装甲と速度は二の次だった
日本の中戦車はわずか速度25キロ、軽戦車は40キロだった
装甲にかんしていえばほんの浅い角度でも日本の装甲は貫通してしまう
丸みを帯びた装甲は驚くほど効果がなかった。ソ連軍の47ミリ砲は八九式の装甲をやすやすと貫通した
【M4シャーマン】汎用戦車 5【T-34】
942 :名無し三等兵[sage]:2020/05/23(土) 14:10:05.02 ID:Sa9//hz8
エンジン音は似たようなものだったがキャタピラ音は日本がうるさくまた外れたそうである
旧式の八九式はノモンハンに来る前に1万キロ走行してておりくたびれ果てていた

ソ連軍はただ頑強に戦うものとされたが、必ずしもそうは言えない。砲兵・歩兵・戦車を組みあわせてきた
例えば我々の戦車隊を砲兵におびき出すおとりとして装甲車を使用した。

敵は戦車と速射砲をくみあわせ、平原での戦闘をよく計算して準備していたというのが印象であった
まず砲撃で日本軍を弱めて戦車と歩兵が前進する

敵の狙撃兵は優秀で八〇〇メートル離れていても当てることができた
日本のスコープは低倍率で狙撃の限界は三〇〇メートルだった

日本軍夜襲の際にはソ連の戦車、砲兵が陣地を捨てて逃げたのも事実である
兵は恐慌に陥り白兵戦に応じようとするものはまれで大半は逃げた

ソ連兵は軍刀にあまりなれておらず刀を奮って前進する日本兵から「泣きながら逃げた」
【M4シャーマン】汎用戦車 5【T-34】
944 :名無し三等兵[sage]:2020/05/23(土) 14:17:46.99 ID:Sa9//hz8
ジューコフはスターリンの報告で「BT戦車は発火の危険が高いと認めつつも・・・
あきらかに日本軍の火炎瓶の脅威であった・・・その一方で日本軍の戦車は旧タイプで
速度ものろく、行動半径もごく限られてると評価した」


日本軍戦車はごく限られた成功を収めたがやがて砲兵に阻止されて甚大な損害を蒙り
ほとんど目的に達しなかったとソ連は判断してるが
日本軍は、戦車隊に機動戦が不可能であると悟ったときに、日本軍は迅速な打撃力を
奪われてしまったのである


※このページは、『2ちゃんねる』の書き込みを基に自動生成したものです。オリジナルはリンク先の2ちゃんねるの書き込みです。
※このサイトでオリジナルの書き込みについては対応できません。
※何か問題のある場合はメールをしてください。対応します。