- 海・航空・陸上戦考察スレ 軍事戦略・作戦・戦術31
333 :名無し三等兵[sage]:2019/11/06(水) 10:31:32.13 ID:fGXxqAsp - >>332
>1905年までのフランス軍の対独軍事計画は国境を放棄しモゼル川まで撤退して要塞線で持久すると言う消極的な作戦だったが >そこから脱却する為の標語がエランヴィタールであったと言う方が正しい もにょるなあ。 簡単にいうと、これ以前にも攻勢論者と防勢論者との間で激しい議論があり、 軍の戦争計画も両者の間で揺れ動いていたが、 日露戦争の戦訓もあって、攻勢論者の優位が決定的になった。 その結果として、戦争計画が攻勢的なものに改訂された。 そして、1913年改訂の「大部隊運用教範」、「野外勤務規定」、 1914年改訂の「歩兵運用規定」も徹底攻勢主義一色になる。 「徹底攻勢(offensive a outrance)」って言葉で捉えた方がいいだろうね。 Douglas Porch.The March to the Marne: The French Army 1871?1914.とか Jack Snyder.The Ideology of the Offensive: Military Decision Making and the Disasters of 1914とか Joseph C. Arnold.French Tactical Doctrine, 1870-1914.Military Affairs, Vol. XLII,No. 2 あたりを読むといいと思うよ。
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335 :名無し三等兵[sage]:2019/11/06(水) 11:24:39.45 ID:fGXxqAsp - 1つ1つの間違いを指摘したいのではなく、
全般的な状況の誤解を招くように思えたので、 そこを書いた。
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337 :名無し三等兵[sage]:2019/11/06(水) 12:18:12.31 ID:fGXxqAsp - 計画の表面だけを見ても…
列強全体を見ると、攻勢有利が圧倒的で、 フランスでもナポレオン以来の攻勢主義は根強いものがあった。 むしろ、日露戦争の戦訓は、すでに軍内で優勢だった攻勢主義を あとづけで決定づけるかたちになった、と見ることもできる。
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339 :名無し三等兵[sage]:2019/11/06(水) 13:22:34.55 ID:fGXxqAsp - フランス軍が教範類も含めて本当におかしなことになるのは1913〜14年。
もちろん、そんな短期間で火砲などの主要装備を大幅に入れ替えることなどできない。
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340 :名無し三等兵[sage]:2019/11/06(水) 13:24:42.79 ID:fGXxqAsp - 「短期間」というのは1913年頃から大戦勃発まで、ってことね
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