- 秀吉による朝鮮征伐の軍事分析part12©2ch.net
609 :名無し三等兵[]:2019/09/10(火) 13:55:54.86 ID:b0c8oCGE - https://japanese.joins.com/article/468/257468.html?servcode=400§code=400&cloc=jp|main|top_news
400年ぶりに復元される亀甲船、龍頭・鉄甲のようなものはない=韓国 海軍が壬辰倭乱当時投入された亀甲船の原形をそのまま復元することにして設計作業に着手した。鉄甲構造、龍頭などを特徴とする かつて再現した亀甲船が実際と違うという指摘が相次ぎ提起されるにつれ、今回最大限実物に近い姿を実現するという趣旨だ。 9日、韓国海軍によると、海軍士官学校(海士)の主導で行われる「第3回亀甲船建造事業」の設計が10日から入札公告に入る。先月、 公告で基準に見合った会社を決めることができず再入札に出たわけだ。海軍関係者は「設計会社が選抜されれば亀甲船復元事業も 加速化するだろう」とし「来年上半期、設計を終わらせて下半期に亀甲船の建造工事を始めて2022年までに亀甲船を買収するのが 目標」と話した。約30億ウォン(約2憶7000万円)の予算が投入される今回の事業は海軍による亀甲船復元の3度目の試みで 15〜20年である木船の寿命を考えて計画された。これに先立ち、海軍士官学校は1979年と1999年2度にわたって亀甲船2隻を復元した。 海軍は今回の事業のために考証作業から力を注いでいると強調した。これは光化門(クァンファムン)広場の亀甲船など現在知らされた 亀甲船の姿が壬辰倭乱当時に投入されたものと差があるという問題意識から始まった。海軍が過去の復元作業で主に参考にした 『李忠武公全書』の中の亀甲船の図から変形された亀甲船の姿となっているという指摘だ。海士関係者は「これに先立って復元した 2隻の亀甲船は全書に記録された全羅左水営(チョルラ・ザスヨン)亀甲船を主なモデルとし、統制営(トンジェヨン)亀甲船の特徴を 一部加味した『混合型亀甲船』」としながら「壬辰倭乱が1592年勃発し、全書が1795年に発刊された点を考えると200年の時差を 置いて亀甲船の姿に変化があったと見られる」と話した。
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610 :名無し三等兵[]:2019/09/10(火) 13:56:24.29 ID:b0c8oCGE - 海軍側は今回の復元事業のために亀甲船記録の「パズル合わせ」が必要だと説明した。壬辰倭乱当時、亀甲船の構造や形に関する
詳細な記録が残されておらず、亀甲船が言及された朝鮮時代の文献を全体的に調べているということだ。このような作業を通じて海事は 現在の再現亀甲船と1592年型亀甲船のいくつかの決定的な違いを発見したという。 大きさが代表的だ。海事は壬辰倭乱に投入された亀甲船が現在復元されている亀甲船よりさらに小さかったと見ている。仁祖(インジョ)時代に 作成された『備辺司謄録』の亀甲船記述の部分がその根拠だ。ここには一番小さい大きさの板屋船を基に製作された亀甲船が本来の姿より ますます大きくなっているという内容が記されている。イ・ミヌン海士教授は「備辺司謄録の記録通りなら壬辰倭乱当時、亀甲船の底板 (船の最も下の基礎部分)の長さは50隻(1隻=31センチ)」とし「現在復元された亀甲船の底板の長さ65隻より小さい。小さい大きさで 機動性を生かして突撃艦の役割を果たしたという意味」と話した。学界では壬辰倭乱以降建造された亀甲船の規模が大きくなったのは 海上実戦戦闘が起きなかった状況と関係があると説明する。亀甲船が戦闘的実用性より外形の派手さを追い始めたということだ。この他に、 砲の搭載に重点を置いて大きさが大きくなったという推論もある。 改めて復元される亀甲船の龍頭の部分も潜望鏡から亀頭の形態に変わる可能性が大きい。これは「龍の口から砲が吹き出た」という当時の 戦闘記録に基づいている。龍頭が上に上がっている潜望鏡の構造では砲を撃つ空間を確保することが難しいということだ。
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611 :名無し三等兵[]:2019/09/10(火) 13:56:41.41 ID:b0c8oCGE - 海士は文献考証と専門家の諮問を経て亀甲船を象徴する鉄甲構造も壬辰倭乱当時の亀甲船では見られないものだと判断した。板屋船にふたを覆った後、
複数の刀錐(錐の先)を固定しながら一部の鉄板材質が使われたが、基本的に亀甲船の甲板は木材で作られているという説明だ。学界では日本が敵軍の 着地を防ぐ刀錐の威力を誇張して表現したことから亀甲船の鉄甲構造説が起因したという見方が出ている。 亀甲船復元をめぐる論争の主な素材である2・3階説の場合、全体的な3階構造に一部の2階構造が混ざっている方向に意見が集まっている。その間、 歴史学界では史料を通じて3階説を有力視してきたが、工学界では砲射撃後の復原力をあげて2階説に重きを置いていた。イ教授は「基本的に3階構造だが、 一部の空間では2、3階がつながっていたと見ている」として「過去2度にわたる復元と大きく変っていない部分」と話した。海士は亀甲船1階には格納庫、 2階には櫓を漕ぐ格軍と放射撃兵力、3階には火矢を撃つ兵力がそれぞれ位置したと推定している。 海軍は今回の復元事業に入る木材を全部国内産で調達する方針だ。1999年亀甲船復元では日本産スギが使われて論議を呼んだことがある。 海士関係者は「朝鮮時代、木船建造に使われたと知られた東海岸マツで新しい亀甲船を作る計画」とし「原形に近い亀甲船を作るのに複数の機関と 多くの専門家に協力を求めている」と話した。
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